ファントムナイツ 第1章 マルス誕生
発達したテクノロジーが生み出したロボット。それは、兵器として高度に発達した。そして、地域紛争に投入されたロボット兵器の殺りくと破壊が、連鎖的に世界に波及したのだ。
無限に続くと思われたロボット兵器の暴走は、国家体系をも破壊したが、ロボットの稼働限界により、数ヶ月で終結をむかえた。そして数年後、「シティ」と呼ばれる都市国家が、復興の礎となり、世界連邦が設立し、暦は連邦歴となった。
だが、連邦歴90年代になると、自らを神に選ばれた使徒「カタリナ」と名乗る人物が現れ、極端な選民思想を持つ武装テロ集団「セレクターズ」を組織した。セレクターズは人類の淘汰を宣言し、武力によりシティへの攻撃をはじめた。連邦政府は軍備の拡充を急務とし、その勢いに乗り、アナハイム社は連邦軍の軍事物資調達のシェアを握った。そして、ロボットは再び兵器として進化を始めた。
一方、プレストシティ有数の重工業メーカー「ダグラス社」の経営者であるジムは、ロボット兵器の急速な進歩に不安を覚え、連邦歴108年に「サムソンインダストリー」を設立した。ジムは、旧友のロボット工学者「チャールズ・スミス」を招き、スミスを中心に、研究スタッフを集めた。そして、ジムの次男であるケン・ダグラスとロルフ・ディケンズが共同経営者となり、独自のロボット技術の進化を進めた。
サムソンインダストリーは109年から110年 にかけて、高度な判断力をもつ人工頭脳と、高い能力を持つロボットの開発に成功し、新たなロボット市場を開拓した。そして、サムソンインダストリーはプレストシティの独自政策のもと、急成長を遂げることになる。






連邦歴116年4月7日、この日は、16歳の少女「敷島玲子」にとって、特別な日ではなかった。いつものとおり、ロボットのロビーと、朝食の準備を整えて、二人の家族を待っていた。
「おはよう、おばさん」と、玲子は部屋に入ってきた女性に声をかける
「おはよう」と、女性は答える。サムソンインダストリーの人工頭脳の開発主任である「上原真奈美」である。
もう一人、男性が入ってきた。同じくサムソンインダストリーのロボット開発主任である「敷島一郎」である。
「おはよう、玲子」
「おはよう、おじさん。朝食の支度、できているから、ちゃんと食べていってね。」
「いわれなくても、食べていくよ。おまえの作る朝食は最高だからな」と、上機嫌に敷島は答える。
「ありがと」と、玲子は答えると、3人そろって、朝食をとった。
その日の昼休みに、玲子は小型の通信・情報端末である「ハンディ」を鞄から取り出した。ハンディは通話だけではなく、様々な情報を入手できる、小型の携帯情報機器である。玲子がハンディのディスプレイを見つめていると、あからさまに侮蔑を込めた言葉が響く。
「何よこれ、カッコ悪いハンディね」
だが、玲子は気にも留めず、ただ「そうね」と答えた。玲子のものは、デザインが無骨で、16歳の少女が持つものにしては、洗練されていなかった。彼女たちにとって、ハンディは友人とのコミュニケーションのための道具であり、ファッションの一部であった。だから、デザインは重視されているのである。しかし、玲子が何も言い返さなかったので、言葉を投げつけた少女たちも、玲子の周りから去っていった。
「玲子も少しは言い返したら?」と、一部始終を傍観していた瑞穂がいう。
「どうして、デザインがよくないっていうのは、私もそう思うし」と玲子はしらっといいきる。
「でも、玲子が持っているのは、サムソンインダストリーの社員が持っている、特別モデルなんでしょう。彼女達のおもちゃみたいなハンディとは、違うって、言い返せばいいのに!」
「瑞穂、それって、論点が違うわ。デザインと機能は別よ」と玲子は笑顔で瑞穂に返す。
明るく活発で、男子からも人気が高い瑞穂に対し、玲子は冷淡でつきあいにくいと言われている。この正反対ともいえる二人の取り合わせは、同級生の間では学校の七不思議と言われるほどだ。
「で、なに、ソレイユから連絡でもあったの?」と瑞穂が玲子に聞く。玲子は教室の中では滅多にハンディを手にしない。彼女が教室の中でハンディを手にするのは、ソレイユから連絡があったときぐらいだと瑞穂は知っていた。
「ソレイユから連絡があったの、しばらく会えなくなるから、今日、遊びに来てくれないかって」
「ええ、そうなの? 残念、今日は別の予定が入ってるから無理だわ。玲子は?」
「私は別に予定はないから、遊びに行こうと思っているけど」
「それじゃあ、ソレイユによろしく言っておいて。もう、もうちょっと早く予定が聞けたら、私も予定をあけておくのに・・・」と瑞穂は残念がる。
「そうね、ソレイユに伝えておく」と玲子は答えた。
その日、プレストシティの市長である牧原は、補佐役の高野を伴って、サムソンインダストリーへ視察に訪れた。海に面するプレストシティの防衛を担うプレスト第2防衛軍は、通称「プレスト海軍」とよばれ、特務ロボット部隊「ファントムナイツ」を戦力として保持していた。そのファントムナイツの強化を目的に、サムソンインダストリーと、フォルテシティのローウェルインダストリーが、共同開発プロジェクトを実施している。通称「ファントムプロジェクト」と呼ばれる2社によるプロジェクトは、従来の海軍特務ロボット部隊「ファントムナイツ」の多用途性と、能力増強を目的として、艦船、航空機、人型ロボットの改良や開発を行う大規模なものである。
牧原たちはチェックゲートを通り、部外者の立ち入りが制限されているセキュリティエリアに入った。プレスト海軍の司令長官であるウォルター・スコット大将は、エリア内で二人を待っていた。プレスト海軍は艦船や航空機など軍用装備以外、専用の施設を持たない。サムソンインダストリーのセキュリティエリアの一部を借り受け、司令部としている。これは、サムソンインダストリーの先進的で高度なコンピュータシステムを使用できるため、情報戦略に力を入れるプレスト海軍には好都合な環境である。
「今、最終チェックをしているところです。見学の許可ももらいましたから、どうぞ」と、スコットは二人を案内した。窓のむこうに、作業室の中が見られるようになっている。
「まるで、子供だ」と、牧原は率直な感想をもらした。台の上には褐色の髪に、華奢な体つきをしている小さな子供が横たわっている。体のあちこちに、ケーブルが取り付けられ、一目でロボットとわかるが、胸や手足は人工皮膚に覆われていて、服を着ていれば、人間と並んでも違和感はないだろう。
「だいたい9歳くらいの子供がモデルだそうです。少年型と少女型を兼用する設計で、男の子と女の子が自由に設定できるのが特徴です。」と、スコットが答える。牧原はスコットに率直な疑問をぶつける。
「こんな小さな子供で役に立つのですか?」
「ソレイユも見かけは12・3歳くらいですが、役にたっていませんか?」
「いや、そんなことはないが」
スコットは部屋の中を見ながら話を続けた。
「われわれのような素人は、大きく力強いロボットのほうが高性能と思いがちです。しかし、ファントムナイツのアンドロイドを見ていると、どうもそうではない。彼らが子供の姿をしているのは、合理的な理由があるのです。このアンドロイドの駆動系の試作を兼ねて、J9という試作モデルが作られましたが、身長2mの重装甲ロボットのJ7やJ5と互角に戦う性能があることが確認されています。」
「本当ですか?」
「嘘は言いませんよ。もっとも、体が小さい分、重火器の使用は制限されますが、運用内容によってはきわめて有効です。」
見学室のドアが開き、白衣の長身の女性が入ってきた。
「みなさん、お揃いですね。今から1号機の起動を行います、よろしいでしょうか?」
アンドロイド開発主任のひとり上原である。
「上原博士、起動操作には主任級の二人の技師の立ち会いが必要なはずですが、ここにいてもいいのですか。」とスコットが聞く。
「ここでも、十分です」と、上原は窓越しにクリーンルームのアンドロイドを指さした。
サムソンインダストリーのメインコンピュータ「ニック」が、部屋のスピーカーから、上原に呼びかける。
「上原博士、敷島博士によりマルス起動操作承認申請が出されました。ハンディにより、音声承認願います。」
上原は自分のハンディを取り出した。いくつかのボタンを押し、ハンディに向かって宣言する。
「マルスの起動操作を承認する」
牧原が聞く。
「マルスというのが、このアンドロイドの名前なのですか?」
「そうです。」と、上原は答えた。程なく、部屋のスピーカーから声が響く。
「上原博士のハンディ固有番号、及び生体パターンを照合。照合内容に異常なし。116年4月7日15時17分、AS52型1号機、「マルス」の起動承認を確認しました。起動操作を開始します。」
「複雑ですね」と牧原が感想を言う。
「1人で起動操作ができないように、社内規則で定められているのですよ。」と上原は説明する。
「マルスの起動操作はすべて完了、正常に機能しています。」と、技師の一人が報告する。
その後、数秒の時間が経過した。そして、ガラスの向こうで、アンドロイドがゆっくりと上体を起こす。目を開き、ゆっくりと周りを見る。動作はゆっくりだが、その様子は子供らしい仕草で、見た目はかわいらしい。スタッフの一人が台から降りるように指示をだすが、台から降りようとして、すとんと台の上から転げ落ちてしまった。
「これで大丈夫なのですか」と牧原は不安を隠せない。
「最初の動きは、駆動系の補正が不十分なので、不具合がでます。そのうち駆動系の補正が完了します。そうすれば動きもなめらかになりますよ」と、上原博士が説明する。ゆっくりと立ちあがったアンドロイドは、スタッフの指示で、部屋の中を歩いてみせる。やがて、動きがなめらかになり、たちまち、先ほどの危うさが消えていった。
「どうやら、問題はないようですね。ところで、もう少し、ご一緒したいのですが、これから、引き続き作業があるので、これで失礼します。」
上原博士は再びクリーンルームへと戻っていった。上原を見送るとスコットは二人を促す。
「お二人に、お話が有ります。よろしいですか。」
同じ頃、セキュリティエリアの中にある、休憩室で、二人の少女が話していた。
「ごめんね、急に呼び出して」と、ショートカットの少女が玲子に言う。玲子は首を振った。
「べつに、私は部活もしていないし、暇人だから、気にしないで」
「ほんとは、スクランブル待機の予定日だったんだけど、しばらくの間は、忙しくなるんで、会えるときに会っておけって、アトスが代わってくれたの。」
「アトスはソレイユには優しいから。いいわね、ソレイユには、そういう人がいて。」と玲子が、からかうように言う。が、ソレイユは動じない。
「アトスはあなたにも優しいのよ。わかっている?」と、ソレイユが言い返す。
「あなたはアトスの声、聞いたことがあるでしょう」
玲子はきょとんとした。
「ええ、そうね、話したことがあるけど。」
「アトスは、無口なの、徹底的にね。博士達とも、話そうとしないの。私となんか、データ通信ですますのよ。」と、ソレイユが笑う。
「そうなの?」
「あなたはね、特別なの。私たちにとっては・・・」と、ソレイユは玲子に言った。
ソレイユが開発されたのは連邦暦112年。チャールズ・スミス博士が、上原と敷島の協力のもとに開発した、AS44の形式名で呼ばれる試作アンドロイドである。ソレイユは、情報分析に特化した少女型アンドロイド「ニーナ」や、飛行能力を持ち、接近戦に優れる3人の少年型アンドロイド「アトス」「ポルトス」「アラミス」のような派生型を生み出す原型となった。ソレイユは、従来のアンドロイドを上回る出力、機動性能を持ち、戦闘用ロボットと互角に戦う能力を持つ。だが、113年に、その能力が世論に危険視され、サムソンインダストリーは、ソレイユを自社敷地内に隔離することをシティの議会に誓約した。それ以来、ソレイユの居場所はサムソンインダストリーのセキュリティエリアに限られることとなった。以来、玲子はソレイユと会うために、サムソンインダストリーへくるようになった。
スコットが案内したのは、休憩室の一つだったが、サムソンインダストリーのセキュリティエリアに属する場所のため、様々なセキュリティ対策が施されている。スコットと牧原は、秘密の打ち合わせをするときはいつもここを使っていた。
「アルトシティへの部隊派遣についてですが・・・」
高野が続ける。
「受け入れの許可が下りました。先月のセレクターズによる爆撃を、予告したことが功を奏しました。あくまで災害派遣訓練との名目ですが、アルトシティ防衛軍の航空基地を拠点にできます。ただ表向きは災害派遣訓練なので、武器の携行が制限されるかと・・・」
「それについては問題ありません。とにかく、これで武装テロリストの攻撃を防ぐことができます。」
高野は話を続けた。
「アルトシティ行政局は、連邦軍から提示されたアナハイム社系列の防衛システムを、財力及び効果の点を考慮し、導入しない見込みです。財政については、借款で導入せよとの、連邦軍統合参謀本部の指示もあるようですが、利子の支払いなど、将来にわたってアルトシティの財政を圧迫することは目に見えていますから。」
牧原は明らかに憮然として、聞き返す。
「しかし、あなた方が提示された戦力で、「セレクターズ」と戦えるのですか?」
スコットの答えは明快だった。
「アルトシティの立地上、ドラグーンが攻撃をかけると考えられます。今までのデータ分析で、ドラグーンの性能は把握済みです。ニーナが、うまくいけば2機ぐらいは破壊できると言っていますのでね、大丈夫でしょう。」
あっさりと言ってのけるスコット中将に、牧原や高野は帰す言葉はなかった。スコットは唖然とする二人にかまわず、話を続けた。
「アルトシティは5年前のセレクターズの攻撃から十分に回復していません。今度、攻撃を受ければ、シティの経済基盤そのものが崩壊してしまいます。なんとしても守らなければいけません。それに、あなた方が望む、政策目標を達成するための、必要なステップでもあります。」
「わかりました、スコット大将を信じ、お任せします」と、牧原は答えた。
牧原達はスコットに伴われて、休憩室をでた。セキュリティエリアをでる手前、吹き抜けのホールにさしかかると、高野はホールの隅のソファーに座る少女達に気がついた。牧原も高野のそぶりで気がつく。小柄な少女は、立ち上がり、お辞儀をする。私服姿のアンドロイド「ソレイユ」だった。もう1人の少女もソレイユとともに立ちあがりお辞儀をする。スコットは二人に向かって手をふり、何かを言いたそうな牧原と高野を促し、ホールを出た。
「彼女は誰です?」とホールを抜けたとき牧原は聞いた。
「知りませんでしたか? 敷島博士の姪の「玲子」ですよ。時々、ああして、ソレイユに会いにくるんですよ。」
牧原は驚きを隠せなかった。
「ここは部外者立ち入り禁止のセキュリティエリアじゃないですか」
牧原の言葉に、スコットの口調が鋭くなる。
「ソレイユは、3年前にシティから追放となった。その前から、玲子とソレイユは仲がよい友人、親友ともいえる間柄だった。だから、ソレイユの追放が決定されたとき、せめてもの償いに、サムソンインダストリーの経営陣が取りはからったのです。」
牧原は肩を落とした。世論の声に応え、ソレイユをシティから追放するようサムソンインダストリーに求めたのは牧原だったからだ。
「私が市長でいる間に、ソレイユの名誉を回復できるだろうか・・・」
スコットは首を振った。
「どうでしょうかね。」
ソレイユを中心に構成されたファントムナイツは、112年の設立以来、シティの防衛と災害救助を担ってきた。そして、「セレクターズ」と称する武装テロリストの攻撃を幾度も防いできた。しかし、113年にシティは危険なロボットとして、ソレイユを追放したのである。
翌日、プレスト海軍航空部隊の指揮官であるサム・ダグラス中佐の元に、ソレイユがマルスを伴ってやってきた。サムは飛行訓練のため、耐Gスーツを着ているところだった。
「どうした、二人して。」と気さくにサムは語りかける。
「急な話で申し訳ありませんが、今日の訓練にマルスを加えてもいいでしょうか。マルスはドルフィンBRの前席に、私が後席につきます。」
「何だ、訓練用シミュレータでは物足りないのかい?」とジャケットに袖を通しながら、サムは言った。
「はい、訓練用シミュレータでは、マルスの訓練には不十分です。」
サムの顔に笑みが浮かんだ。
「実戦あるのみか、いいだろう。マルスの実戦投入は最優先事項だから、私の権限で訓練に参加を許可する。訓練内容は変えたほうがいいか?」
「いえ、私たちが、仮想敵になります。ですから、訓練内容は一部の変更のみです。」
「そうか、じゃあ、始めよう。」
そういうとサムはヘルメットを持って格納庫へ向かった。
サムは不格好な耐Gスーツを着込み、ドルフィンCのコックピットに座った。耐 Gスーツに、圧力をかける水圧チューブを接続し、射出座席のベルトを締める。一方、サムの後席には少女型アンドロイドが、軍の制服のまま、機体チェックを行っていた。AS47と呼ばれる情報収集と分析に特化した、ソレイユの発展型アンドロイドである。
「ノーマ、訓練の内容の変更はきいたか?」と、サムが言う。
「はい、マルスがサブロボットのハミングバードとともに、私たちの敵になります。」
ハミングバードとは小型の無人戦闘機である。これは、マルスを開発したファントムプロジェクトの成果のひとつである。
「おもしろい、ファントムプロジェクトの成果、みせてもらおう。」
プレスト海軍の主力戦闘機ドルフィンが、フォースジェットエンジンを作動させ、空へと舞い上がる。ドルフィンはローウェルインダストリーが開発した、全長15mのデルタ翼機である。ユニットの内部、あるいは外部で力場を発生させ、推進力を得るフォースユニットは、エネルギー効率の良さから、航空機のほか、船舶などの推進機に利用されている。フォースジェットエンジンは、力場干渉のビームがジェットのように吹き出すが、フォースモーターと比べ、小型で大出力を得ることが特徴である。
「ノーマ、ニーナの攻撃指示を最優先。攻撃目標の指示を頼む。機体の操縦は任せる。」とサムは訓練高度を確認しながらいった。
「あの、右腕は痛みませんか?」と、ノーマは聞く。耐Gスーツにヘルメット、マスクをつけているサムに対し、ノーマは制服のまま、ヘルメットもつけていない。サムは前席から、ロボット用の後席を伺うと、ノーマの心配そうな表情が見えた。
「心配ない。思いっきりやれ! 」と、サムは笑いながら答えたが、マスクをつけた口元はノーマには見えない。しかし、ノーマは振り切ったように「わかりました」と答えた。
ニーナはソレイユを基本に情報処理能力を高めたAS45型と呼ばれるアンドロイドである。ノーマはニーナの量産型に位置づけられるものであるが、ニーナが「氷の人形」と呼ばれるほど冷酷なところがあるため、量産化に当たっては、思考パターンの調整が行われている。また、頭部にカチューシャ型のセンサーを追加しているため、形式ナンバーが異なる。
編隊を組むニーナから、サムに最初の訓練内容が告げられた。
「ダグラス中佐、高度250mを時速150kmで突入します。」
「了解!」とサムは答える。サムはこれがセレクターズのドラグーンの攻撃を模していることを理解した。ニーナのドルフィンFと、少年型のアンドロイドであるアラミスが乗るドルフィンBRが、編隊を組んでプレストシティに向けて突入する。極端な選民思想を唱え、殺戮を正当化する武装テロ集団「セレクターズ」は、陸上戦では、3機の大型攻撃用ロボットを使って、シティを攻撃する。重装備ながら、時速150km近いスピードで迫るドラグーンを迎撃できたシティはそれほどない。
サムのバイザーに情報が表示される。サムが視線を向けると、そこに小型の戦闘機の姿があった。
「来たか!」
サムの機体は機首を上げ、相手をビームの射線上に捕らえる。
「なっ! 」とトリガーに指をかけたサムが驚愕した。モニターに撃墜を告げるサインが明滅する。
「全機、撃墜されました。次、いきます」と、無表情な声がサムの耳に入る。「氷の人形」ともいわれるニーナの声だった。
「ノーマ、ドルフィンBRにあんな機動ができるのか・・・」とサムは聞く。機体を旋回させ、再びニーナに従い編隊を組みながらノーマが答える。
「機体の強度とエンジンの出力からして、姿勢制御システムを全力で使えば、理論的には可能です。ただ、パイロットがGに耐えられればの話ですが。」
「それでは、俺が乗っていなければ、お前にはできるか?」
「できません。あれは、高機動制御システムを持つロボットだけができる技です。」
「そうか・・・ ファントムプロジェクトも半端じゃないな」
マルスの初の実戦テストは、マルスの圧倒的な迎撃能力の高さを、証明する結果となった。
その日の夕方、プレスト海軍司令部の会議が行われた。会議にはプレスト海軍司令である、スコット大将、そして副司令である川崎中将のほか、サムと上原、そして、第7戦闘艦隊の司令部将校が集っていた。
一座を見渡したスコット中将が上原に向かって口火を切った。
「今日のマルスの演習結果を受けて、ダグラス中佐から、アルトシティ派遣のメンバーを、アラミスからマルスに変更したいという意見が出た。それについて、上原博士、何か問題があれば指摘願いたい。」
上原真奈美はロボットの運用について、海軍に助言する立場にある。スコット司令が上原の戦略および戦術立案能力を、高く評価していたからだ。上原の答えは簡潔だった。
「マルスの実戦投入には何ら問題はないと思います。使用されている戦闘データは、試作ロボットのJ9のものをコピーしたものですから、少なくとも、J9なみには使えます。」
J9とは、マルスの駆動系をテストする目的とあわせ、高機動戦闘や汎用性に優れるロボットの試作体として開発された。これは、成功作のひとつとなり、量産が決定され、J9も実戦投入されていた。そのJ9のデータを受け継ぐマルスの実戦投入には、それほど心配は無いとスコットは判断した。しかし、スコットは西郷へ問いかけた。
「西郷中将、マルスのアルトシティへの派遣について、君はどう考える。」
問われた西郷中将は、傍目にはやる気のなさそうな雰囲気を漂わせながら答えた。何をしていても、やる気がないようにしか見えないのが、西郷の得意技である。
「むしろ、望ましいと考えるべきでしょう。今日の演習の結果を見れば、マルスの能力は明らかです。ドラグーンに対する、迎撃能力は十分にありますし、アラミスのドルフィンBRに代えて、ニーナが使用しているドルフィンFとマルスを派遣した場合、2機のハミングバードを、サムのドルフィンとニーナのブラックタイタンに戦力として追加できます。今回の派遣は、あくまでも、セレクターズの侵攻作戦を未然に封じる意味合いが強いですが、攻撃をしかけられたときに、より、確実に勝てる体制を、整えておくべきです。」
「明快な答えだな。」と、スコットが評した。しかし、西郷は淡々と答えた。
「勝つためにはあらゆる手をつくし、戦略目標をを達成しなければなりません。アラミスより、マルスを派遣した方が、いざ、戦闘というときに有利なのであれば、それを選択すべきです。」
「では、マルスの派遣については異議は無いな」とスコットが一座を見渡しながら言った。一人、村山が手を挙げた。彼は第7艦隊の参謀長で、西郷より年上の将校である。
「司令、今日の演習では、マルスの戦い方を、第2艦隊にモニターされた可能性が高いです。彼らが事前に対抗策をとる可能性はどうでしょうか。」
同じ、連邦軍の艦隊であるが、第1艦隊と第2艦隊は、セレクターズを、陰で支援しているのではないかと、プレスト海軍では疑っていた。しかし、それについては西郷が回答した。
「今日の演習はモニターされているでしょうが、その情報がセレクターズの作戦司令官「モルガン」の手にわたれば、彼はなおのこと作戦中止を決定すると考えます。彼は不確実な戦いを好みません。しかし、第2艦隊司令官ホワイト中将は、モルガンを敬愛していますが、私の知る範囲では、思いこみの激しい男です。ホワイト中将は、今日の情報を有益なものと考えず、モルガンに伝えない可能性の方が高いでしょう。」
「私も、そう考えます。」と、川崎が後を次いだ。
「ホワイトは士官学校の教官時代に私が手がけた生徒ですが、かなり自分本位の考え方をします。西郷の分析に、ほぼ間違いはないでしょう。」
村山は納得した。スコットは一座を見渡し、作戦実行を指示する。
「では、アルトシティの防衛、および、「オペレーションファントム」の遂行のため、サム、ニーナ、ノーマ、そして、マルスの派遣を決定する。」
そのころ、玲子は夕食の支度をしていた。手を動かしながらも、傍らのハンディのディスプレイを見て、リビングの伯父にむかって言った。
「おばさんから、会議が終わったから、今から帰るって!」
「そうか、思ったより早かったな。」と、敷島は答えた。
「明日からは、私も帰りが遅くなる。夕食の支度は、玲子、おまえの分だけでいいぞ。」
「おじさんも、おばさんも、明日からそんなに忙しくなるの?」
「いろいろとあってな。今日、ソレイユに会ったんだろう? ソレイユも、しばらく忙しくなるから、会えなくなる。」
玲子はためらいがちに聞く。
「そうね、そんなこと言ってたわ・・・ それって、軍事作戦なの?」
「いや、新型ロボットのテストだ。」と、敷島はごまかした。マルスの実戦投入だから100%の嘘ではないが、敷島は、そんなごまかしが、玲子に通じるとは考えていなかった。だが、玲子ほうが、これ以上は踏み込まないように、話題を振った。
「朝食は食べるんでしょう?」
「ああ、もちろん。」
「それじゃあ、朝食に腕をふるうわね。」と玲子がにこりと笑いながら言った。



![: J Wings (ジェイウイング) 2009年 08月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51BRqkdTFFL._SL75_.jpg)










コメント