映画のアトムも良いけれど
アトムを描いてみましたが、似てません・・・
映画の中のアトムの設計図には、ちゃんと「まつげ」があるのに、フルCGのアトムに「まつげ」がないのは、CGで「まつげ」をかくと不自然になるからだとか
映画の中で動くアトムも良いですが、まつげのあるアトムの方が見慣れていて、かわいいですね。
アトムを描いてみましたが、似てません・・・
映画の中のアトムの設計図には、ちゃんと「まつげ」があるのに、フルCGのアトムに「まつげ」がないのは、CGで「まつげ」をかくと不自然になるからだとか
映画の中で動くアトムも良いですが、まつげのあるアトムの方が見慣れていて、かわいいですね。
まつげのないアトムって と違和感を感じつつも、映画を見てきました。映画館はがらがらでしたが、個人的に、ストーリーは悪くないと思いますし、機会があれば、もう一度見てみたいとも思います。
天馬博士が失った息子トビーの記憶を完全に複製して作り上げたはずが、どこか違うといってアトムを拒絶するところは、背が伸びないといって、アトムをサーカスに売り飛ばした原作の話を、よくアレンジしていると思います。
また、アトムが人間を守ることがロボットの使命だと悟るところは、ちょっと簡単に悟り過ぎと思いますが、 何事にも前向きなトビオの心を受け継いだアトムらしい決断かもしれません。
キャラクターのデザインは、原作と比べてかわいくないとか、いろいろありますが、映画のストーリーにあわせた、細かな設定があります。原作のアトムにはない、手の爪があるとか、髪の毛とかです。外見上の違いではありませんが、胸のふたも、左に寄っていますし、脳にあたる電子頭脳は、映画では頭にあるようです。(原作では胸の中)
映画の中で、アトムの指に見える爪には、ちょっとびっくりしましたが、ストーリーの中で、ロボットであることを隠して子供達の仲間に入ることから、原作以上に、人間にそっくりである必要性からデザインされたのかもしれません。
映画のエンディングに、流れたのが、忘れもしない1980年に放送された鉄腕アトムのテーマソングでした。アトムといえば、あの主題歌ですし、私も好きな曲ですが、映画本来の音楽も、結構良かったと思います。
10月10日から全国ロードショーが始まる、映画「ATOM」のアトムには「まつげ」がありません。特報や予告の映像をみると、かわいいけど、ヒーローらしいりりしさがあります。でも、原作のまつげのあるアトムの方がかわいいと、私は思ってしまいます。
とはいえ、予告編を見ている限り、見てみたいと思います。死んだ息子の身代わりにロボットを作ったテンマ博士に、息子とは違うと、存在を否定されるところは、鉄腕アトムには欠かせないシチュエーションだと思います。アトムには一度は存在を否定されたという過去がないと、キャラクターが成り立たない気がするからです。
生みの親に否定されたアトムがどうやって自分の居場所を見つけるのか、見てみたいと思います。
鉄腕アトムの「地上最大のロボット」を原作とする「PLUTO」が8巻で完結しました。プルートゥの誕生や最後のアトムがたたずむ場面に原作を意識したところが見受けられますが、原作とは違う面も多くあり、作者である浦沢直樹氏なりの解釈が感じられて、いい作品だったと思います。
この作品は、テレビで見ました。私はどちらかというと、ルパン三世を目当てでしたが、異なるキャラデザインの作品を、うまく共存させていると思います。個人的には感心しました。タイトルのような、名探偵コナンとルパンが対決すると言うことはなく、名探偵コナンの話にルパン達がゲスト出演したという印象です。そのためなのか、悪役が小粒で、五右衛門も「これで終わりか、つまらん」と言っていたのには、笑いました。
今回のテーマはサブタイトルからはうかがい知れない、「我慢」です。
マルス:「エネルギーほしいよう。」
戦闘訓練のさなか、マルスは愚痴を言います。人間で言えば、食事を与えないで、勉強させられていることになります。ちょっと問題ありの教育ですが、かまうことなく、山之上博士の厳しい訓練はつづきます。
山之上博士:「我慢せい!」
山之上博士は戦闘訓練でマルスに我慢を教えようとしているようです。
山之上博士の厳しい訓練に、たまらず、マルスは逃げ出します。マルスを連れ出そうとしていた美理のエアーカーにのせてもらいますが、空腹のあまり、エアーカーのエネルギーカプセルを食べてしまいます。
エネルギーを失ったエアーカーは立体映画館に墜落。ガードマンのロボットにつまみ出されます。(ロボットがつまんでいるのが、美理のエアーカーです。)
怒ったマルスは、ガードマンをやっつけようとしますが、美理が止めます。非は自分たちにあると美理は言います。それでも収まらないマルスに美理は・・・
美理:「我慢、我慢」
マルス:「美理まで我慢ていうの?」
山之上博士だけでなく、美理まで我慢と言うので、マルスは驚きます。
マルス:「お父さんはね、マルスにはあるけど、他のロボットにない力が耐える力だって」
美理:「精巧な電視頭脳にだけ、備わっている性能なのよ」
ここで悪人ハムエッグが登場。マルスと美理を言葉巧みにタレントになれると誘います。
タレントになれると、喜んだマルスは契約書にサインするが、不信を抱いていた美理は、ハムエッグにエネルギーを抜かれ、動けなくなってしまいます。(椅子の背もたれで赤く光るのがエネルギーを抜く装置のようです。)
ハムエッグはマルスの怪力を知り、ロボットの「パワーフル」(四角い胴体のロボットです。その下にいるマルスと比べるとかなり大きいです。)と戦わせることを企みます。
一方、怪しげな病院に入れられた美理は、川下博士と電話で連絡しようと、残り少ないエネルギーでがんばります。頼りにならない弟を持つお姉さんは大変です。(言葉を発することもできないのに、どうやって電話したかは、疑問ですが・・・
)
初舞台を迎えるマルスに、壊れたロボットピエロが話しかける。どうして壊れたままなのかというマルス。(ピエロは舞台で一度失敗して、ハムエッグに壊されたようです。
虐待です。)
ピエロ:「どんなにつらいことでも、我慢して堪え忍ぶように運命づけられておる。」
(ピエロは、マルスがこの後、壊れるまで働かされることを、心配しているのかもしれません。)
マルス:「我慢か、つらくても耐えることなんだ。」と納得するマルス。(ちょっと違う気がしますが・・・
)
舞台にでて、パワーフルに捕まえられるが、戦おうとしないマルス。
マルス:「我慢、我慢」
戦おうとしないマルスに、観客は怒り出し、舞台は失敗。怒るハムエッグ!
(マルスのしたことは間違いではないですが・・・
)
観客が帰った後、ハムエッグはパワーフルにエネルギー鞭でマルスを打たせます。マルスはそれでも戦おうとしません。それをみていた、ピエロがたまらず出てきます。
ピエロ:「その子に余計な知恵をつけたのはわしです。耐えろ、我慢しろと申しました。悪いのはわしですじゃ。」
ハムエッグ:「パワーフル! ばらばらになるまで打ちまくれ!」と、ピエロを壊すようにいうハムエッグ。本当に悪人です。
鞭で打たれるピエロを目の前にして、ついにマルスの怒りが爆発します。
マルス:「もう我慢していられない。パワーフル! ぼくが相手だ!!」
しかし、すでにエネルギー鞭でエネルギーを抜かれているマルスは、まともに戦えません。それでも、パワーフルの鞭を奪い、最後の力を振り絞って、戦います。
マルス:「抜けろ! エネルギー抜けるんだ!」
エネルギー鞭でエネルギーを抜かれ、力尽きるパワーフル。
ふらふらになりながら、ピエロの元に行くマルス。ピエロは、もう動きません。
マルス:「おじさん。ぼく、我慢して勝ったよ!」
そんなマルスを、ハムエッグは撃とうとしますが、駆けつけた美理たちに捕まります。
(ハムエッグの銃を、銃撃ではじく美理の登場シーンがかっこいいです。
)
ハムエッグも捕まって、マルスは帰途につきます。(ハムエッグの容疑がよくわかりません。ロボット虐待の罪でしょうか・・・
)
マルス:「我慢には二つあることがわかったよ。しなきゃいけない我慢、してはいけない我慢。」
しかし、いつものごとく意見を対立させる山之上博士と川下博士。二人はエアカーのなかで、けんかを始めます。
マルス:「こういうときは戦うの? 我慢するの?」
美理:「あたしのほうが聞きたいわ!」
ここは、やっぱりガマンでしょう。マルス。![]()
意見が違うからって、けんかはいけません。![]()
第2話の「怖い」、第3話の「泣くこと」等、マルスの物語はマルスの心の成長を軸に進みます。今回は「我慢」がテーマ。自分自身に振り向けられる暴力には我慢して、ピエロへの暴力を見逃せないマルスは、さりげなく、勇気というのがどういうものなのか、身をもって示しているようです。無敵のマルスが、思いのままに力をふるったら、一大事です。大きな力を持つ者は、我慢という孤独な戦いをしなければいけないのでしょうね。![]()
マルス:「かわいいなあ。僕があるく、犬があるくかあ」
戦闘訓練中に絵本を読んでいるマルス。
マルス:「だって、美理のパパがくれたんだもん。」
戦闘訓練で撃墜されても、マルスは絵本にご執心。
山之上博士:「けしからん、川下のやつ!」
(このあたりの山之上博士とマルス・川下博士のやりとりは、笑えます。)
山之上博士はマルスから絵本と取りあげ、処分してしまう。
山之上博士:「いいか、マルス、二度と、こんなもの読んではいかん。」
野外戦闘訓練の帰り、マルスがぼやく。
マルス:「あの絵本、もう一度、読みたいなあ」
山之上博士:「くだらんことを考えるな。男に絵本は必要ない。」
マルス:「それじゃあお父さん。僕に弟を生んでよ。」
山之上博士:「男に子供が産めるか!」
(このやりとりが、後日の伏線だったりします。)
車の前方に子犬を発見したマルス。思わず飛び出し、乗っていたエアカーをはじきとばす。
マルス:「えい!」
はじきとばされたエアカーから、はい出してくる山之上博士。博士が見たものは、子犬とじゃれ合っているマルスだった。
山之上博士:「マルス、そんな野良犬とわしとどっちが大事なんじゃ。」
マルス:「急にそんな難しいこと言われても困るよ。お父さん、僕、この犬、弟にしてもいいでしょう。」
怒り心頭の山之上博士。
山之上博士:「それより、この車を、なんとかせんか。」
マルス:「弟にしてもいいといって!」
山之上博士:「マルス、おまえ、いつのまに親を脅迫することを覚えたんじゃ!!」
そこに襲いかかる謎の戦車。
山之上博士:「マルス、やっつけろ!」
マルス:「弟にしていい?」
こんな時でも、相手の弱みを突き、交渉することを忘れません。ついに山之上博士がおれます。
「勝手にせい!」
山之上博士の言質をとり、あっさりと戦車を倒すマルス。かくして、マルスは子犬にオトウトと名前をつけてかわいがるが・・・
子犬を調べようとした山之上博士に、子犬が襲いかかった。子犬がロボットであると気がつく博士達。
川下博士:「この犬には特殊な防御装置がついているらしいな。」
山之上博士:「ということは調べられると困るものがついているわけじゃな。」
マルスは子犬を取りあげられることを恐れ、オトウトをつれて、逃げ出してしまう。
山之上博士と川下博士は、撮影された子犬の映像の中に爆発装置を発見する。それはマルスを粉々に破壊するのに十分なものだった。あせる山之上博士。

そこに現れた「ニニンガシカク」(左)。マルスがかわいければ、ロボット犬を返せと脅迫する。子犬は来日する重要人物を、暗殺するために作られた爆弾だった。
マルスは子犬をつれて、灯台に隠れていた。だが、川下博士と美理に見つかってしまう。

爆弾を取り外せば、一緒にいられると、マルスの説得を試みる美理。マルスの心が動く。 だが、ニニンガシカクの一味が襲いかかってきた。

一味を叩きのめしたマルスだったが、ニニンガシカクに子犬を爆破すると脅迫される。
「おまえはもちろんのこと、そこにいる娘も、粉々にふきとんでしまうんだぞ。おとなしくロボット犬を返すんだ。」
マルスにとって、美理も大切な存在。マルスは断腸の思いで、子犬を放す。しかし、たまらず、子犬を追って、乗り物に乗り込んでしまう。

子犬が爆発しないようにしろと、詰め寄るマルスだったが、そこにいたのは、ニニンガシカクではなく、人形だった。

ニニンガシカク:「秘密がばれた今では、その犬を処分するしかない。マルス、おまえも道連れだ。」
起爆スイッチをおすニニンガシカク。
「後10秒で爆発だ。」

機外に放り出されるマルス。機体は子犬もろとも爆発した。
(このあたり、1980年版鉄腕アトムの最終回「アトムの初恋」を連想します。)

爆発のことを覚えていないマルス。川下博士は山之上博士に詰め寄る。
山之上博士:「そうだ、私が記憶を消したんじゃよ。」
川下博士:「君はなんというひどいことを・・・・ この・・・」
マルス:「お父さん、今日は戦闘訓練は?」
戦闘訓練のことを聞くマルスに、山之上博士も優しさを見せる。
山之上博士:「今日は休みだ。好きにしなさい。」
喜ぶマルス。
マルス:「僕、前から行きたいところがあったんだ。」
昨夜、子犬と一緒にいた灯台。だが、マルスにその記憶はない。
マルス:「なんだか前に来たことがあるみたい。」
犬の兄弟を見て、マルスが何かを思い出す。
マルス:「あの2匹はきっと兄弟なんだ。兄弟か、僕にもいたような気がする。」
第3話の「マルスなぜ泣く」に続き、マルスにとってはつらい出来事です。前半の笑える内容から、後半は見ていて一気に気分が沈みます。マルスが記憶を消されて、つらい出来事を自覚できないというのが、さらに、やりきれません。
ただ、マルスの戦闘訓練に明け暮れていた山之上博士が、「今日は休みだ。」と言ってみたり、第9話では山之上博士がマルスの弟を作っていたことが判明します。この出来事がきっかけで、山之上博士が、心変わりしたのではないかと思わせる話です。

ジェッターマルスに遅れること、3年。1980年にリメイクされた鉄腕アトムの物語は、2030年から始まります。

夜、天馬博士にオメガ因子(ロボットに悪の心を植え込む回路)を売り込みに来たスカンク草井。
天馬:「そんな、がらくたを使うつもりはない!」
天馬博士はオメガ因子を拒絶した。

新型ロボットの開発に没頭する天馬は、息子のトビオと遊園地に行く約束を取り消してしまう。(トビオの側にいる犬は、トビオの愛犬ジャンプです。)

寂しさのあまり、トビオは一人、ロボットカーで走り出してしまった。

トビオがロボットカーで出ていったことを聞き、焦る天馬博士
天馬博士:「子供にロボットカーが運転できるものか、危険だぞ!」

天馬博士はトビオの身代わりに、新型ロボットの開発を進める。だが、首相が開発の中止を命じた。
首相:「天馬君、このロボットは危険だ! 」

ロボットの処分を命じられた天馬博士は、新型ロボットを密かに誕生させる。

いすを壊したり・・・・(無邪気に椅子の足をもぎ取るトビオはかわいいが、この後、天馬博士の椅子はつぶれてしまう・・・・)

フォークごと、ぼりぼりとほおばってしまう。
(柄だけになったフォークに哀愁が・・・ それでも、科学省の壁を壊したり、川下博士の車を振り回したジェッターマルスより、おとなしい・・・
)

「分解はやめてくれ。本田君、君は女だろ。女なのに、君はあの子がかわいいと思わないのか!」

「かわいいのは、外見だけです。中身はロボットです。10万馬力の怪物」

トビオが意識を失ったのは、アトムと同じ能力をもつアトラスが誕生したためだった。

スカンクにトビオの設計図を盗み出させ、オメガ因子を組み込んだロボット「アトラス」を完成させたワルプルギス伯爵。オメガ因子の開発者でもある。

トビオを分解させまいとする天馬と、分解処理しようとする本田が操作を奪い合い、ロボット処理車が暴走してしまう。

暴走したロボット処理車のため火災が発生してしまい、逃げ遅れた人たちを救い出すトビオ。

ロボット処理車を海に投棄するトビオ。(不法投棄・・・
ジェッターマルスも第1話でファイタンを海に投棄してましたが、このあたりは意識したんでしょうか?)

でも、投げ捨てた後の表情が・・・(そんな顔をするなら、捨てなければいいのに・・・
)

天馬博士を見舞うトビオ
天馬:「おまえを作ったことがばれて、科学省にはいられない。一緒にアメリカへ行こう」

トビオ:「おいで、ジャンプ。」
死んだトビオの愛犬ジャンプも、ロボットのトビオになつくようになっていた。

天馬:「わしの息子だ」と、誇らしげな天馬博士。
トビオの分解を主張した本田も、トビオに笑顔を向ける。
1977年に放映されたジェッターマルスに続き、1980年にリメイクされた鉄腕アトム。どちらも思い出の作品です。原作では、アトム今昔物語をのぞき、さらっと語られるアトム誕生の物語ですが、アトムの開発の中止を命じる首相や、アトムを分解しようとする本田の存在が、アトムの存在を望まないものとして、位置づけているのが印象的です。
自分の存在を拒否されるアトムは、見ていて、かわいそうですが、「10万馬力の怪物」という本田助手のセリフが印象的です。第1話は、手塚治虫氏が脚本を書かれていますから、リメイクに当たり、いろいろ、思うことがあったのではないかと考えてしまいます。このリメイク版の放映が終わったときのインタビューでは、手塚氏がアトムがよい子であるというイメージを覆すことができず、残念な作品だったと述べられていますが、少なくともはじめのエピソードは、「よい子のアトム」というイメージを覆そうとする手塚氏の想いが感じられます。

マルスを遊園地へ連れ出した美理。伝書鳩のクルを見せて、マルスに「かわいい」という感情を教える。
山之上博士:「いつまで遊んでおる!」と、山之上博士に捕まるマルス。
マルスは科学省の復興式で、プロファイター「マッドマスク」と模範格闘を見せる。
マッドマスク:「私は戦う気が無いものとは戦えません。今日のところは私の負けを認めます。」
マッドマスクは伝書鳩のクルをさらい、マルスを決闘に誘い出す。
再び戦う二人。
山之上博士:「それはできん! おまえの塞いでいた穴ぐらいは瞬間的に埋められるが、マッドの場合は無理だ。」
ダムの決壊を防ぐため、補強材の中に、生き埋めにされるマッドマスク。
マッドマスク:「私のために泣いてくれるのかね」
この話は子供のころ、1話、2話が見られず、初めて見ることができた話でしたが、ちょっと衝撃を受けたことを覚えています。最初は「ぼく、泣かない。」と言っていたマルスが、最後は泣くことをおぼえます。マッドマスクの「私のために泣いてくれるのかね」というセリフは、とても印象的でよく覚えていましたが、なぜ、山之上博士はマッドマスクを助けなかったんだろうと、疑問に思っていました。ですが、あらためて見ると、山之上博士は理由を説明しています。なぜか、このシーンを覚えていませんでした。子供の頃の私は、結構、見落としていることが多いようです。それにしても、鉄腕アトムと同様に、情け容赦もない終わり方です。![]()
第2話ではマルスに23時間も勉強させていた山之上博士ですが、マルスに家出されて反省したのか、少し、ゆとりを持つようになったと思われる描写があります。マルスがパジャマを着て寝ていますし、一緒に外へ出ないかとマルスを誘っています。こうした描写が、単なる兵器としてマルスに接するのではなく、息子として接し始めているように見えます。こうした、マルス以外の登場人物の、心の変化も興味深いところです。
父親の山之上博士に、1日23時間も勉強させられ、それがいやで、家出を敢行したマルス。生まれてはじめて、川下博士宅を訪問するが・・・
初めての訪問で、川下家の天井を壊して・・・
マルス:「こんばんわ」
川下博士:「今度からは玄関をノックしてくるんだ! いいね!」
マルス:「はい・・・」
ちょっと、しょげているマルスが、かわいい。![]()
勉強させられるのがいやで、家出したマルスは、家出すれば山之上博士が泣いて謝るだろうと考えます。川下家を飛び出したマルスはロボット密輸団の船に、それとは知らず、乗り込んでしまいます。
家出したマルスは、ロボット密輸団に捕まって、分解されそうに・・・・
美理:「マルス!」
物を修復する能力を持つ美理が、物を壊す貴重な(?)シーン。
冒頭から笑える場面が多い話ですが、マルスが怖さを知る話でもあります。分解されそうになって、死んでもいいと思っていたマルスが、美理と会えなくなるのは困ると、死ぬことをいやがりはじめ、そこを美理に助けられます。マルスを助ける美理の強さが印象的な話です。
脚本:雪室俊一 氏
演出:石黒昇 氏
ジェッターマルスのDVDが発売されて、とても幸せな気分です。第1話と第2話は、親のテレビ禁止のため、放映当時見られなかったので、このDVDで初めて見ることができました。
第1話のマルス誕生の場面は、1980年に放送された鉄腕アトムのリメイクと比べ、あっさりとした印象を受けます。くるりと回って「ジェッターマルス」と言うマルスは、とてもかわいいですが、1980年版のアトムが政府の命令に逆らって誕生したことと比べると、ちょっと明るい誕生場面です。でも、生みの親である山之上博士はあくまで戦闘用として、マルスを位置づけており、マルスの電子頭脳を作った(すなわち、マルスの「心」の生みの親)川下博士と口論になります。
アトムでもありますが、生まれたばかりのマルスもとんでもないことをやります。記念すべき最初の犠牲者は山之上博士。
「あいつには手を焼く」といった博士の手を、マルスはライターであぶって
「手を焼くってこういうこと?」と聞きます。
その後も、科学省の壁を突き破ったり、車で来た川下博士と娘の美理を車ごと振り回す等、やることがアトムと比べ、凶悪です。

(父親に娘として大事にされている美理と、兵器として扱われているマルスの対立)
マルス:「お父さん(山之上博士)なんか、いつも僕をいじめてばかり、君のパパ(川下博士)だって同じだろ。」
美理:「違うわ! パパは私の大切なパパ」
この後、マルスは立ち去ってしまいます。印象的なのは次の場面、立ち去るマルスを心配げに見送る美理。降り始める雨。その雨が、まだ、泣くことを知らないマルスの、涙のようにも感じられます。ラストの戦闘用ロボット「ファイタン」との立ち回りより、この場面が印象的です。
(マルスに振り回され、ぐったりとした川下博士と、走り去るマルスを見つめる美理)
ジェッターマルスは、「鉄腕アトム」のアニメのリメイク企画が形を変えたものですが、ジェッターマルスと鉄腕アトムの決定的な違いは、アトムの両親がアトムの後に作られたという事実に対し、マルスの場合は「美理」というお姉さんが、最初から存在するということです。美理は手塚作品で見られる主人公の母としての存在であり、マルスの誕生から常にマルスを見守る(時には助ける)存在です。一方、アトムは、お茶の水博士との出会いまで、孤独な時期を過ごしていますので、どうしても、孤独なイメージがつきまといます。
この美理の存在が、ジェッターマルスを、マルスの心の成長を描く作品として、成り立たせているのだと思います。
脚本:辻 真先 氏
演出:千葉すみこ 氏
ジェッターマルスのDVDが発売されました。
懐かしさも手伝って、放映当時、私がみていない、最初のエピソードと、見た覚えのある最終話をみました。
最初の頃のマルスは、失敗ばかりして、そのあたりが、かわいさ満点だったのに、最終回の「明日に向かって羽ばたけ」では、成長を感じさせます。
ロボット独裁者のロプラスとの対決で、
「おまえの心は死ぬことを怖がっている!!」と言うマルスに、たじろぐロプラス。もう、マルスが本当にかっこいい。
でも、子供の時に確かにみたはずなのに、全く覚えていないシーンも。最終回、マルスが旅立ち、マルスがいなくなった部屋に、そっと花を飾る美理。その寂しげなシーンは、すっかり忘れていました。今みたら、また、新しい発見ができるかも知れないと思うと、楽しみな気がします。
ジェッターマルスは、今年が手塚治虫生誕80周年記念ということで、DVD化されたようです。DVDされるとしたら、2015年あたりかと思っていましたが、意外でした。キャッチコピーは「時は2015年!!もう一人のアトムの物語」 メトロポリスがアニメ化されたときも、「もう一人のアトムの物語」というキャッチコピーだったと思いますが、ジェッターマルスの方が「もう一人のアトム」にふさわしい気がします。
ついでにオリジナルサウンドトラックも発売です。4月22日発売予定です。こちらはコロムビアミュージックエンタテインメントからの発売です。
ついにジェッターマルスがDVD-BOXとなってエイベックスから発売されるそうです。このところ、個人的には沈みがちだったので、このニュースを知って幸せな気がします。
私の記憶では、山之上博士が作った体に、川下博士の電視頭脳を搭載した子供型戦闘ロボットとだったと思います。山之上博士は大の兵器好き、とにかく戦闘ロボットや兵器が大好きだった人です。当然、マルスも戦闘ロボットとして、作られ、別のロボットの戦わせられたりしますが、マルスを子供らしく育てようと、川下博士がロボットの娘、美理を使って、あの手この手でマルスを山之上博士からさらうのが、最初の定番パターンだったと思います。
やがて、新兵器の実験中、山之上博士が行方不明になり、マルスは新たに科学省長官になったタワシ長官から、手に負えないとして、川下博士に譲り渡され、川下博士や美理、そして、弟のメルチと一緒に暮らすことになります。
私は母親のテレビ禁止令(私が忘れ物等の一つミスするごとに、1週間テレビ視聴禁止というものでした。)の連発で、半分ぐらいのエピソードしか見ていませんが、マルスが泣くことや、我慢することを覚えるといった、成長の物語だったと記憶しています。
また、本来、美理より高性能なはずのマルスが、美理に助けられたり、甘えたりするところ等は、ちょっとかわいいところもあったと思います。そして、涙無しにはみられないエピソードもあります。一見、ハッピーエンドに思えていたシーンに、後に胸をえぐられるようなショックを受けた覚えもありますから、ある意味、アニメ化された鉄腕アトムに比べ、もっとも原作の雰囲気に近いのかも知れません。一見の価値ありです。
3月27日発売予定です。
ついでにオリジナルサウンドトラックも発売です。4月22日発売予定です。こちらはコロムビアミュージックエンタテインメントからの発売です。
1980年にカラーでリメークされた鉄腕アトムです。2003年に設定上のアトムの誕生年にあわせて作られた「アストロボーイ・鉄腕アトム」ではありません。私の出会った人の中には、1980年にアトムがカラー版で作られたことを知らない人もいました。白黒版と比べ、マイナーな存在で、特別に人気も出なかったように思えます。全52話の中では、正直、駄作だと思えるエピソードもあります。特に悪い印象だったのは、「ロビオとロビエット」。これは見ていて、原作をつぎはぎしただけで、物語の終結の必然性が見えません。先端がとがったレースカー同士の衝突に巻き込まれ、どうして、ロビオとロビエットが、ぺしゃんこにつぶれるのでしょう。見ていて、頭が痛くなりました。それから、アトムのエピソードの中でも人気があるという、地上最大のロボット。前編・後編によって2話で構成されていますが、はっきり言って、シナリオが悪い。最後のアブーラ博士の台詞が浮いています。前編で盛り上がり、後編でがっくりとくる。あれが鉄腕アトムの物語と言うのは個人的に納得いきません。原作の漫画は良いのに、アニメになって改悪された例でしょう。
でも、総合的には好きです。第1話のアトム誕生からロボットサーカスに至るまでの、アトムのか弱さ。本当は強いんだけども、どこか、アトム自身が居場所をえていない不安感がつきまといます。「ロボットサーカス」では、団長のハムエッグに怒鳴られ、キャシーという女性にすがります。見ていて、何ともかわいらしいアトムです。
「壊れている、550分の1秒」というアトムの叫びに「えっ」となるキャシー。その直後、ロボットサーカスの花形ロボットであるトルネードは、自身のマイクロセコンドメーターの不調により、高圧電流の空中ブランコのタイミングを見誤って、爆発してしまいます。キャシーはその瞬間、アトム(そのときはトビオと呼ばれている)がトルネードを越える高性能ロボットだと知る。それを表現する見事な演出だと思います。第4話「クラスメートを救え」で、家族のいない寂しさが描かれ、「アトラス復活」でアトムの両親ができます。ラストシーンは両親に迎えられ、やっと居場所をえたアトムのうれしそうな後ろ姿が描かれます。思わず、良かったねと言えるシーンです。
放送後、アニメ雑誌マイアニメに、手塚氏の原作者としてのインタビュー記事がありました。それには、とても残念な結果に終わったと言われていました。「アトムがよい子すぎる」というのがその要因の一つでした。アトムはよい子ではなく、原作のアトムは悩みもするし、怒ったりもします。「モノクロ版アトムはよい子すぎた。だから、リメイク版ではそのイメージを払拭したかった。」というのが、手塚氏の思いだったようです。
アトムは孤独な存在です。だから、導入部の「アトム誕生」から「アトラス復活」までは、アトムの孤独な面を大きく全面に出したのだと私は解釈しています。ですが、それにつづくエピソードが、それを踏襲できなかった。これが、原作者をして「残念な作品」と言わしめたのでしょう。とはいえ、52話もあれば、中には良いものがあります。私が特に好きなのは第52話「アトムの初恋」です。手塚氏自らがシナリオを書いたこの物語の中で、ニョーカは無残な最後を遂げます。アトムは彼女を救えず見守るだけでした。「これが鉄腕アトムの世界なんだ。」と、手塚氏が最終回で訴えているようにも思えます。
私はDVDのボックスセットを購入し、時々見ています。今ではインターネットでも配信されていますし、DVDでレンタルもされています。一度、第1話から第5話、そして、第52話を見てみてください。鉄腕アトムのイメージが変わるのではないかと思います。
小学校2年生の頃だったと思います。「ミラクル少女リミットちゃん」というアニメが放送されました。私は漫画雑誌で見て、自動車事故で死んだ娘をよみがえらせたという、鉄腕アトムと似た境遇のため引き込まれました。自分の近くで電卓を使われると頭痛におそわれたり、パワージャンプとか超能力を使うシーンがあり、連載を楽しんでいました。しかし、長野県の田舎では、肝心のアニメーションは放映されませんでした。私が20歳のとき、ひっそりと放送されましたが、不幸な偶然で、私が3ヶ月近く、入退院を繰り返したときと重なりました。入院中は今のようにベット一つに、テレビがついている時代ではありませんでしたし、ベットから起きることも、トイレに行くこと以外、制限されていましたので、悔しい思いをしたものです。わずかに「消えたマジックベレー」というエピソードが見られただけでした。
その作品が数年前にDVD 化されました。それを知るなり購入しました。30年近く抱いていた夢がかなった瞬間です。それぞれのエピソードに多少の好き嫌いがあるものの、総合的にはお気に入りの作品です。飛行機事故で、瀕死の重傷を負いながら、父親のサイボーグ技術で生き続き続けることとなった。しかし、自分は人間ではないという、自己嫌悪と絶望感、優れた能力を持つ故の孤独感と寂しさ・・・ まともに見ていると、気持ちが暗くなる程です。
当時は人気がそれほどなかったようですが、同じ頃、「新造人間キャシャーン」が、同じように人ではなくなった苦悩を描く作品でありながら、それなりに人気があったように思えるのですが、この違いはどこから来るのかよくわかりません。
「春を呼ぶ愛の歌」で、サイボーグ技術が生命を守る技術と理解し、サイボーグであることを前向きに受け止め、残りのエピソードには、サイボーグであるという、悩みは見せません。シリーズを通して、成長した少女の物語であると思います。
「科学忍者隊ガッチャマン」、「バビル2世」、「新造人間キャシャーン」、「キャプテンハーロック」など、オープニングやエンディング曲のほか、挿入歌も併せて、収録されています。「宇宙戦艦ヤマト」は古代進の顔が大きく掲載されている割には、オープニングとエンディングのみです。
私がこれを買ったのは、「ジェッターマルス」の「おやすみマルス」が収録されているからです。また、下の「手塚治虫の世界」には収録されていない「マルスのマーチ」も収録されているので、私にとっては値打ちものです。
ジェッターマルスはどこか哀しさを感じさせるエピソードが多かったと記憶しています。「おやすみマルス」は、そんな悲しい事件の夜、美理がマルスを慰めている子守歌のようで、好きです。
1980年にリメイクされた鉄腕アトム第2話「アトム対アトラス」は、アトムとアトラスが初めて出会うエピソードです。アメリカへ客船で旅をする天馬博士とアトム(このときはトビオと呼ばれています)ですが、アトムが船室の物品を壊すは、食事中に失態をやらかすやらで、天馬博士が激怒してしまいます。そこをロボットサーカスのハム・エッグにつけ込まれ、アトムが自分自身の所有契約にサインしてしまいます。
そのとき、客船に迫りくる氷山の群れ。アトムは氷山を砕き、客船を救いますが、ここでアトラスと出会います。一騎打ちで戦うアトムとアトラスですが、氷山を砕くためにエネルギーを使い果たしており、海底に沈みます。勝ち誇るアトラスですが、自分を世話してくれるロボット「リビアン」の言葉を思い出し、とどめを刺さず、客船へと運んでやります。しかし、アトムはそのままハムエッグに捕まり、トランクに押し込まれてしまいます。
一方、アトラスは自分を世話していた「リビアン」が、自分を作ったワルプルギス伯爵に解体されたことをしり、ワルプルギス伯爵を車ごと谷底へ突き落としてしまいます。
原作ではアトムは天馬博士自身がサーカスに売り飛ばすという、ショッキングな内容ですが、このリメイク版では、アメリカでの放送を意識し、アトムをサーカスに売り飛ばすのは人身売買だという批判をかわすためか、売り飛ばすという部分を無くしています。しかし、「人工衛星Rー45」ではアトムが天馬博士に売り飛ばされたという話がでており、矛盾が生じてしまっています。天馬博士がアトムをサーカスに売り飛ばすと言うエピソードは、アトムの物語の中では根幹をなす要素のひとつでもあるので、これをなくすと言うことは、シリーズの構成上、ちょっと無理があるのではないかと私は思います。
一方で、アトラスが生みの親であるワルプルギス伯爵を谷底に突き落とすというシーンは、原作のアトムが、宇宙人との全面戦争を回避するため、生みの親である天馬博士と戦ったこと(アトム大使)を連想します。
CLAMP作のコミックで、NHKでアニメ化もされました。私はこの作品が、CLAMPの作品の中では、気に入っています。ヒロインのさくらには、桃矢(とうや)という、お兄さんがいますが、さくらを「怪獣」と呼んでからかっては楽しんでいます。その一方で、突風がふいたとき(第1巻「翔(フライ)」のカードの仕業)、とっさにさくらをかばったり、妹思いの、ほほえましい場面もあります。親友の月城雪兎(ゆきと)に「桃矢、シスターコンプレックスって知ってる?」と言われて、「うるせー」と照れ隠しに怒ってみせるところなども、私の好きな場面です。
設定では2月29日が桃矢の誕生日です。桃矢が意地悪しながらも妹のさくらを大切にするように、この作品の登場人物は、互いに人を大切にする場面が多いので、気に入っています。
1980年10月に放送が始まったリメイク版「鉄腕アトム」の第1話「アトム誕生」。
天馬博士の息子「飛雄」が、ロボットカーの事故で死に、天馬博士は政府の中止命令を無視して、1体のロボットを密かに完成させます。後に「アトム」と呼ばれる「トビオ」です。しかし、トビオの設計図が盗まれて、もう1体のロボット「アトラス」も誕生します。共鳴する二つのロボット。トビオは意識を失ったまま、町をさまよいます。この事態をうけて、天馬博士の助手、本田技師はトビオをロボット処理車で解体しようとします。
「女なのに、君はあの子がかわいいと思わないのか!」と、言う天馬博士に、本田助手は答えます。
「かわいいのは、外見だけです。中身はロボットです。10万馬力の怪物」
撃墜したトビオを処理しようとする本田と、それを止めようとする天馬が、処理車の中で、制御を奪いあったために、ロボット処理車が暴走、マンションに火災が発生します。
意識が戻ったトビオの活躍で、火災から逃げ遅れた人たち(子猫を含む)が救出され、暴走したロボット処理車も、トビオの手で海に捨てられ(不法投棄・・・)、事件は解決します。
私は、「10万馬力の怪物」という台詞に、脚本を書いた手塚治虫氏の、「アトムが正義のヒーローというイメージを払拭したい」という思いを感じます。
手塚治虫氏作「エンゼルの丘」の第1章、記憶を失い、どれいとなったルーナの前に、僧侶が言います。
「昔のことを思い出したって、慰めにすぎぬ。現在を強く生きることじゃ」
「現在を強く生きること」と、ルーナは繰り返します。
この言葉が、私は好きです。
ルーナやあけみは、物語の中で、おのおの、苦難を乗り越えていきます。その生き方はこの言葉に集約されているように感じます。
手塚治虫氏作「鉄腕アトム」青騎士の巻のアトムの台詞です。アトムの両親を虐待し、家を破壊した人間に対して、アトムは人間と敵対する青騎士と、手を結びます。そのとき、アトムが「人間の世界がいやになった」と言います。もっともです。両親を人間に殺されかけてまで、アトムが人間を守る理由はどこにもない。
「そう、人間なんて、アトムが守るに値しない。」と、私自身も人間に含めて、納得できます。
それでも、アトムはある一点だけは譲りません。それが人を殺すということです。憎んではいても、殺しはしない。青騎士が人間を殺そうとする前に、アトムは立ちふさがります。
「そんな(人間を守る)こと、しなくてもいいのに・・・」と、思った私は子供でした。
2003年にリメイクされたアニメ「アストロボーイ鉄腕アトム」では、「人間とロボットは友達になれる」と、連呼していましたが、漫画「鉄腕アトム」は、そんなに単純な物語では無いと思います。
出典:講談社手塚治虫漫画全集「鉄腕アトム」15巻
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1994年から1995年のNHK教育の天才てれびくんの枠内で放送された、実写とアニメの併用した作品で、バーチャル世界といわれる、コンピュータが構築した世界で活躍するというお話でした。私の好きな作品の一つです。
私はこの作品をみて、「ほ乳類型は虫類」とか、「ペルム期の大量絶滅」という言葉を知りました。また、物語の中で、粘土鉱物の自身を複製する性質を受け継いで生命が誕生したと描かれていましたが、同じ頃、何気なく買った「最新生命論」(出版:学研)を読んでいたところ、生命の起源説に、粘土鋳型説があることを知って、また、びっくり!
「やるな! NHK」と、子供向け番組なのに、科学的考証になんという力を注ぐのだろうと思ったものです。もっとも、子供向けだからこそ、これくらいは、こだわりを持って、番組を作ってもらいたいとも思います。
手塚治虫氏原作の少女漫画です、昭和30年代に掲載されました。手塚少女漫画といえば、「リボンの騎士」が有名ですが、私は「少女クラブ版」や「なかよし版」の「リボンの騎士」と比べても、「エンゼルの丘」の方が好きです。
初めて読んだのが高校生のとき、正直、生き方そのものが変わるほどの影響を受けました。主人公ルーナが記憶を失いながらも、前向きに生きようとすること。あけみがルーナと間違えられ、苦難の後、精神的に成長すること。あけみの母親がルーナを通して、幸せの意味を知る等、様々なドラマが詰め込まれています。ルーナはいわば理想の人間像(女性ではなく)の一つだと私はおもいます。
昭和30年の作品だけあって、ルーナが内職していたり、そのころの日本の姿がかいま見えますが、幸福とは何かというテーには、現在でも通じる作品だと思います。
最初にアニメ化されたアニメ「鉄腕アトム」の最終回の続きとして連載されたストーリーを、単行本に収録されるに当たって、冒頭部分が書き直されたものです。
アトムが過去にタイムスリップして、ベトナム戦争を経験し、ロボットの黎明期のある事件を最後に、エネルギー切れで倒れ、朽ち果ててしまいます。この物語では、アトムの誕生の年を迎え、朽ち果てたアトムが爆破されるという「アトムの最後」を描いています。
また、アトム誕生から、ロボット法制定に至る詳細な物語が描かれており、この部分が歴史ドラマ的で楽しめます。
だだ、この物語は悲劇の連続です。ベトナム戦争では、アトムが助けた村の人たちは、爆撃の犠牲になってしまうし、ロボットの黎明期では無実のロボットが、人間の偏見のために、罪を着せられ、無実と判明しながらも処刑されてしまいます。
後半、アトム誕生から、ロボット法の制定によって、アトムが家庭を得るまでの物語は、希望が見える話になっていて、それが唯一の救いでしょうか・・・
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