育児

2010年10月31日 (日)

「その顔、ひっかいてやる!」

私が中学・高校の頃に遊びに来ていた「かんちゃん」は、とてもいたずら好きな女の子でした。私の母には、少し甘えたそぶりを見せるのに、私に対しては、そんな可愛いそぶりは見せません。母に言わせると、年齢が自分に一番近いとわかっているから、対等な存在としか見ていないのだそうです。
 めったに私相手に笑うことがないかんちゃんが、笑うと嬉しいので、「いないいないばあ」なんか、何回でもやってしまいます。が、ある時、「いないいないばあ」できゃっきゃと笑っていたのが、急に「にたあ」といういたずらっぽい笑いにかわりました。見ると、右手が招き猫の用にスタンバイしています。

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「いないいないばあしてきた顔を、ひっかいてやったら、おもしろそう(にたぁ)」と、考えているのは明白です。ですが、所詮、ゼロ歳児、そんなよちよちな動きでひっかかれるほど、私も甘くはありません。つづけて「いないいないばあ」をして、出てきたかんちゃんの右手を余裕でかわしてやります。今度は私が、「にたぁ」です。

 でも、かんちゃんは相変わらず「にたぁ」と笑いながら右手を構えています。もう、「いないいないばあ」なんか眼中になく、人の顔をひっかくことしか考えていません・・・ その根性に負けました。今度はおとなしくひっかかれることに・・・
 小さな手で力一杯、私の顔をひっかいた後は、とても嬉しそうでしたが、私の気持ちは複雑です。いまだったら、遠慮なくいたずらを仕掛けるほど懐いていたんだと思えるんですが、10代のころは、そこまで考えられません。とはいえ、0歳児でも、「顔をひっかいてやろう」とひらめくのだとわかって、ちょっと驚きの発見ではありました。

2010年7月31日 (土)

なぜ、そこで右手を振り上げたのか?

私が中学・高校の頃に遊びに来ていた「かんちゃん」は、とても活発な女の子でした。
つかまり立ちができるようになった頃、膝の上におとなしくだっこなんかされません。
私の膝の上で、激しくたたらを踏みます。足踏みなんて、かわいいレベルではありません。全体重をかけて、ぐぐっと踏み込む。そんな具合です。

たまらず、脇におろしたら、
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「あい」という元気のいい声を上げ、振り上げた右手が、私の顔面にヒット! 見事なかんちゃんの一撃に、観客(私の母)は大受け、かんちゃんも、受けの良さに、ご機嫌でテーブルをたたいていました。私もかんちゃんに殴られ(?)ようとも、かんちゃんの体を支えていないといけませんでした。右側におろせば良かったんですが、いや、ほんとに痛い思い出です。

2010年6月20日 (日)

かんちゃん、カボチャを食べる

かんちゃんは、私が中学のときによく遊びにきていた赤ちゃんです。
ごりごりとこたつ板をかじる
かんちゃんは、私の母にはなついていたんですが、中学生だった私には、あまりなつかず、だっこを許さない傾向にありました。

かんちゃんは食べることが好きでした。
母は夕食のおかずから、離乳食を作って、中学生だった私に、離乳食の与え方を練習させました。よそ様の子で教えるのなんて、母もどうかと思いますが、望んでできる体験ではないので、結構、楽しかったです。

かんちゃんは、一口食べては満面の笑みを浮かべていましたが、カボチャだけは渋い顔をして、舌先で口から押し出してしまいました。その表情の落差といい、その顔は、いまでも覚えています。もちろん、離乳食だったので、無理にカボチャを食べさせることはしません。食べることは楽しくないといけません。
(挿絵にしようと思ったのですが、あの渋い表情が出せなくてあきらめました。)

2010年4月26日 (月)

ごりごりとこたつ板をかじる

私が中学のとき、母の友人に赤ちゃんが生まれました。

「息子も赤ちゃんを楽しみにしているから、遊びに来なさい。」と

母は私をだしにして、電話で誘います。

 最初に赤ちゃんを見たときは、目がぎょろりとしていて、

思ったほどかわいくないというのが、第一印象でしたが、

そのうち、みるみるかわいくなってきて、赤ちゃんは変わるもの

なんだと実感したことを覚えています。(とりあえず、赤ちゃんを

「カンちゃん」と呼びます。)

 中学から帰ってきた私をみて、カンちゃんが大泣き(黒い制服が

怖かったか?)したりするので、私の方がパニックになることもあり

ましたが、カンちゃんは、私が離乳食を食べさせた最初の赤ちゃん

でもあります。(カボチャを食べたときの、まずそうな顔は忘れません。

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カンちゃんは膝の上に抱っこされて、こたつに入ると、

「ごりごり」とこたつ板にかじりつくことがおおく、こたつ板に

かわいい歯形が残っていたときもありました。

母はかわいいと言って喜んでいましたし、

私もこたつ板をふくたびに、カンちゃんを思い出したものです。

2008年11月25日 (火)

赤ちゃんは、時には論理的に考える。

 私はたとえ1歳児でも、論理的に物事を考えていると信じています。
 ある日、よちよち歩きの赤ちゃんを散歩に連れ出しました。公園ではよたよたと歩きながら、遊び回っていたのですが、
「そろそろ、帰るよ」と私が声をかけたとき、しきりに上を見ながら、両手をあげて何かをつかもうとがんばっています。虫でも飛んでいるのかと思いましたが、何も飛んでいません。
 そのうち赤ちゃんが、あたりも見わたしました。そして、自分の背より高い木の切り株で作った、いすをめざし、すっ飛んでいき、すがりついて、左足をばたばたさせます、これは上に上りたいという、その子の意志表示でしたので、私は、抱き上げて、台の上に立たせ、落ちないように、赤ちゃんの両脇に手を添えていました。そこでも、両手を上に伸ばして、何かを取ろうとがんばります。
 私は赤ちゃんの目線を会わし、その見つめる先を見ました。なんと、その子の両手の先には、くっきりと夕暮れの満月が、まるで手に取れそうなほど、鮮やかに見えました。
「気持ちはわかるけど、月は両手につかめないと思うよ」と私が言うと、しばらくして、あきらめたように、私に抱きついて、おろしてもらい、一緒に家路につきました。しっかり、高い台の上にのるということに気がついたすごさを、今でも覚えています

2008年10月 4日 (土)

赤ちゃんの人違い

 赤ちゃんになつかれるのは、気持ち良いものです。知り合いの家に行ったとき、はいはいしたての赤ちゃんが、私が遊びに来たのを見て、満面の笑みを浮かべ、はいはいしてやってきました。おまけに、私の足にしがみつき、体を振って、だっこをせがみます。この幸福感はたまりません。学生だった私は、ためらうことなく、抱き上げました。が・・・・

 顔を間近で見ると、赤ちゃんが突然、変な顔をします。くるっ、くるっと頭を巡らし、あたりを見て、自分のおばあちゃんを見つけると、おばあちゃんの方へ手を伸ばします。私はその子のおばあちゃんに赤ちゃんをだっこしてもらうと、またも、赤ちゃんは頭を巡らして、あたりを見て、あらためて私を気味悪そうに見るのです。先ほどの笑顔との落差に、これは何事かと、考えました。先ほどの笑顔は簡単には見せない最上の笑顔でした。たぶん、私をお父さんと間違えたのだろうという結論になりました。私の母はそんなに似てるか? とその話に、疑問を呈します。

 次の日、再び遊びに行っても、また同じように私の方へ突撃してきて、だっこをせがみます。だっこした結果どうなるかはわかっているので、多少気が引けましたが、だっこしました。やはり、だっこして、私の顔を見ると逃げ出します。

 その子のお父さんがいるとき、私が居合わせました。今度は自分のお父さんと私を見比べて、私を気味悪そうに見るのです。また、おばあちゃんの話だと、その子のお父さんと私は似ていると、ご近所で聞いたというのです。やはり、間違えていたのでしょう。

 そう言うわけで、その子に好かれるのはちょっと、時間がかかりました。その子に好かれたきっかけは、その子の家族が、誰も回すことができなかった、おもちゃの独楽を、私が回してみせたのがきっかけでした。それからは私の名前も覚え、歓迎してくれるようになりました。いろいろと甘えてくれるのがうれしかったですね。

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2008年5月17日 (土)

赤ちゃんのおしゃべり

 赤ちゃんと遊んでいると、結構、楽しい発見があるときがあります。
 私の家に遊びに来ていた1歳過ぎの赤ちゃんがいました。私はおもしろ半分で、その声をテープレコーダーで録音して遊んでいました。
 あるとき、録音した声を聞かせてみると、しきりにテープレコーダーの後ろをのぞき込みます。声が聞こえてくるのが不思議なようです。突然、しゃっとティッシュを一枚手に取り、テープレコーダーの表面を、ティッシュで拭き始めました。最初はテープレコーダーの影に誰かいるのかとのぞき込んでいたようでしたが(そんなことはあり得ませんが・・・)、そのうち、テープレコーダーの声だとわかり、同じ赤ちゃんかと思ったようでした。また、自分の名を片言で呼び始めた頃は、録音を聞かせると、「あっ、○○(その子の自称)」と言い、自分の声とわかったようです。
 私は1歳の赤ちゃんでも、自分や他人というのをわかっているのではないかと、思っています。それにしても、スプーン片手に、テーブルを叩きながら、赤ちゃん語でしゃべっていたところは、かわいらしかったです。

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2008年5月10日 (土)

赤ちゃんと眼鏡

 私が遊びに行っていた家の赤ちゃんは、おむつ替えの時、横になるのを嫌い、よく暴れていました。私が遊びに行った時、私があやす間に、その子のおばあちゃんがおむつ替えを始めます。その子はあやしている私の顔から眼鏡をひったくりました。そしてにたりと笑うのです。
「このやろう。そういうことをするんか」と私が笑いながらほっぺを突っつくと、してやったりと喜んでいます。その隙に、おばあちゃんがおむつ替えを終えました。私は眼鏡を取り返すと、
「ありがとう」とその子のおばあちゃんに言われました。その子はほんとにおむつ替えが大変でした。
 その日の夜、家に帰って、母にそのことを話すと、母が言います。
「眼鏡をひったくるのは、おまえだけでしょう。」と言います。そう言えば、その子のおばあちゃんもおじいちゃんも、お父さんも眼鏡をかけています。しかし、その子が眼鏡をひったくったことは一度も見たことはありません。母が言います。
「0歳児でも理解しているの。この人は大事な人とわかっているから、眼鏡をひったくったりしない。でも、おまえは別、0歳児でも人を区別することができてるの。」
「おお、なるほど」と私は思いました。所詮、遊び相手はおもちゃ同然、前から眼鏡をひったくってみたかったのに、大事な人相手ではできずに、うずうずしていたのかも知れません。
「こいつ(私のこと)なら、大丈夫」と思って実行したのかも知れません。
 ですがそれ以降、私の眼鏡をひったくったりしなくなりました。思いを遂げて満足したのか、もしかしたら、おばあちゃんに、「あの人(私のこと)の眼鏡も大事なものだから、いたずらしてはだめ」と、言い聞かせられたのかも知れません。

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2008年5月 2日 (金)

深刻な?ジレンマ

 私が赤ちゃん目当てに遊びに行った時のことです。はいはいができて、一人でおもちゃで遊ぶことができる頃でした。その日は働いているその子のお母さんが、休暇をとって家事をしていました。私は赤ちゃんの遊び相手をしているのですが、お母さんの姿を見るたびに、だっこをせがみます。その子のお母さんも、家事の手を休めて「はい、だっこ」と言って、だっこしてやります。しかし、だっこされるとおもちゃで遊べなくなるので、今度はおろしてとせがみます。そして、その子のお母さんは家事に戻ります。再びお母さんの姿を見ると、だっこをせがみ、また、だっこしてもらい、やっぱり遊びたいと、すぐにおろしてもらうということを、何回か繰り返しました。
 何回も家事の手を止めて、だっこしてやるお母さんの対応もさることながら、普段、働きに出ていて家にいないお母さんに、だっこをせがむ一方、だっこされると遊べなくなるという、深刻なジレンマに悩むその子の様子は、とても印象的でした。

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2008年4月25日 (金)

力自慢の赤ちゃん

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 とにかく力自慢の赤ちゃんが私の家に遊びに来ました。何でも持って、よちよち歩いて見せては、「力持ちだねー」と言ってやると喜ぶのです。
 あるとき、居間にあった座卓の隅に手をかけ、それを持ち上げようとします。大人でも重い座卓を片方だけでも持ち上げるのは、いくら何でも無理です。一生懸命持ち上げようと力を込めますが持ち上がるわけがありません。そのうち、すうっとテーブルが持ち上がると得意そうな表情を見せます。私の母は「すごい、力持ち!」と言って拍手します。私も「すごいねえ」と言ったものの、拍手はできませんでした。右手はテーブルの上、しかし、左手は赤ちゃんに気づかれないように、テーブルを支えていたからです。
 さすがに手首の力だけで、テーブルの片方を持ち上げるのも限度があります。赤ちゃんの負担にならないように、徐々にテーブルをおろします。テーブルをおろしたときの赤ちゃんの達成感に満ちた満足そうな顔は、30年あまりたっても忘れません。赤ちゃんにとって、何かを達成したとき、誉められたり、注目されたりすることは、何より、うれしいことなんでしょう。

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