小説

2020年6月 7日 (日)

ブルーライトニング 第53章 メアリ

 やっと、53章まで来ました。長々と、ダグラス家でのエピソードが続きましたが、ひとまず、ここで一区切りです。以前書いていたものと比べると、マルスと玲子がずいぶん主人公らしくになってくれて良かったなと思います。以前のは海軍の作戦に引っ張られてばかりで、こういう二人のやりとりがほとんどなかったからです。

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2020年2月15日 (土)

ブルーライトニング 第28章

 土曜日、上原は迎えの車に玲子とマルスを乗せてダグラスインダストリー本社施設に向かう。自動運転の車は、上原と玲子、マルスのほかにだれも乗っていない。
「まだ、緊張してる?」
 上原は玲子の緊張をほぐすように言う。マルスは玲子にぴったりと寄り添っている。玲子はマルスの肩を抱きながら答えた。
「ええ、ちょっと・・・」
「アリスおばさんもいるから大丈夫よ。みんな、あの人がお膳立てしてるからね。」
 アリスおばさんと気楽に呼ばれているが、ダグラス社経営監視委員会の議長の肩書きをもつやり手である。玲子はそのことを十分に知っているので、何とも妙な感覚に陥っていた。アリスは玲子を気に入っていて、時々、ダグラス家のホームパーティに招待しているのだが、パーティの時は気さくで優しい人であるアリスが、経営監視委員会の議長であるときはどんな雰囲気なのだろう。
「仕事をしているアリスおばさんを見るのは初めてだわ・・・」
「そうなるわね、でも、仕事の時もそんなに変わらないわよ。」
「私、うまく説明できるかな?」
「聞かれたことに答えればいいの。私もそばについているし、意地悪な質問をされても、アリスが助けてくれるから。」

 車は正面ポートを抜け、本社施設の入り口正面に止まる。3人は車から降りると、上原と玲子はハンディ(携帯情報機器)の認証機能を使って正面ゲートを抜ける。マルスはといえば内蔵する識別装置で特に機器を使用せずとも、正面ゲートを抜けている。
 ダグラス社施設内にはいると、ハンディの識別機能で常に居場所が管理されるようになっている。セキュリティエリアに来る頃には入り口に、ソレイユがマルスを迎えに来ていた。
 別れるとき、マルスは玲子の体に抱きついて言った。
「ぼく、お姉ちゃんのそばに、ずっといたい。」
 マルスのささやかな願いに玲子は答えた。
「私もマルスがそばにいてほしいな。」

 ソレイユにマルスを預けると、玲子は上原に連れられて、報告会が開かれる会議室まで来る。思い切って中にはいると、アリス・ダグラスが一人、席に座っていた。
「おはよう。二人とも、早いわね」
 顔はにこやかで、玲子がよく知るアリスである。
「おはようございます。」
「席にお座りなさい。」
 玲子は示された席に上原と一緒に座った。
「やっかいなことを頼んじゃったけど、マルスとは、どんな感じ?」
「ずいぶん、懐いてくれてます。」
「玲子はどうなの? マルスのことはどう思ってる?」
「かわいいと思ってます。」
「そう、それならいいわ」
 ドアが開いて、ほかの委員が入ってきたので、アリスは会話を止めた。委員はアリスを入れて10名、半数は女性である。席に着くと年輩の男が口を開く。
「議長、まず、私から」
「どうぞ」と、アリスは発言を許可する。
「まずは、玲子さん、今回はやっかいなテストに協力していただいたこと、また、この場で報告をしていただくことに、感謝します。それで、マルスはあなたにとって、どうでしたか。」
 玲子は深呼吸して、心を落ち着けると、話し出した。
「マルスは男の子なので、私は弟として接しています。」
「それでは、愛玩用アンドロイドとして、扱っているのですね。期待はずれなことはありませんでしたか。」
「特に、ありません。私によく懐いて、甘えてきますし、お手伝いもしてくれます。」
 その場がちょっとどよめいた。
「お手伝いというと、マルスは家事機能を搭載していないことが問題になっていたはずですが・・・」と、数人の委員は上原に視線を投げた。半ば上原に当てた質問のようだったが、かまわず玲子は答えた。
「食器を並べてとか、具体的な指示をすれば、マルスは問題なく家事ができます。ただ、家事機能がないので、食事の用意を全部任せるようなことはできません。でも、私のうちでは家事をしてくれるロボットが別にいますし、私も家事をするので、マルスのようにお手伝いをしてくれる程度でも十分です。」
 一人の女性が発言を求めた。アリスは発言を許可する。
「それはアンドロイドとして、不完全であるということではないですか。私は問題だと思いますが・・・」
「私は問題だとは思いません。ロボットは要求される機能に応じて、デザインされます。自立的な家事を求めるなら、そういうロボットを入手すればいいこと。私にはマルスで十分です。」
「でも、あなたには別の家事用ロボットがいるのでしょう。マルスが何の役に立つんですか?」
 いささか、玲子もむっとしたが、顔には出さなかった。
「私には役に立ってますよ。かわいいですし、懐かれれば嬉しいです。だいたい、子供のロボットに家事をさせるって無理があると思いますが・・・ 背が低ければ食器棚にも手が届きませんし、踏み台がなければ、流しで洗い物もできません。世に出ている子供型のアンドロイドなんて、そもそも家事の役に立たないのではないですか。」
 後半はやや挑発的になった。発言した女性はなにも言いかえさず「なるほど」と答えた。最初に発言した男がその場をとりまとめる。
「議長、こうしてみると、マルスは普通の子供型アンドロイドと大差ないということですな」
「そうですね、普通に一般家庭に受け入れられているようですし、当初、指摘された問題は無いでしょう。みなさん、異存はないですね?」と、アリスはその場の委員を見渡した。
「では、マルスの量産配備を経営監視委員会として認めます。」
「議長」と先ほどの女性が手を挙げる。
「マルスの量産配備のことには異存ありませんが、一つ確認したいことがあります。」
「どうぞ、発言を許可します。
「上原博士、軍の嘱託であるあなたに伺います。軍がマルスをこのお嬢さんに預けた件、軍は仮の処置ではなく、引き続き預けたいと考えていると聞きました。マルスは軍の重要な兵器システムの一部のはず、それを一民間人の、しかも未成年に預ける理由を、差し支えなければ教えてください。」
「マルスはたまたまセキュリティエリアにいた玲子と会い、玲子の為に行動することを決意しました。アルトシティがドラグーンの襲撃されたとき、マルスは大勢のアルトシティの市民を救いましたが、玲子のアルトシティを救ってほしいという願いを、もっとも優先していたことがわかっています。マルスが玲子のいるシティを守ろうとする意志は強く、それは軍がマルスに求めることと一致します。軍が玲子にマルスを預けるのは、玲子を信頼しているからです。」
「それは軍がこの少女を利用しているというわけですか?」
 玲子は口を引き締めた。さっきの一言といい、その言い方が気に入らない! 今にも言い返したくなる衝動を、アリスの一言が押さえた。
「本人を前に利用するの、されるのなんて話はよしなさい。」
 アリスは玲子に顔を向けた。
「玲子さん、あなたはマルスと今後も暮らしたいですか?」
「はい、マルスが私を嫌わない限り、私はマルスと暮らしたいです。」
「ためらいのない、良い返事です。玲子さんが願い、軍が玲子さんを信頼しているのなら、軍が玲子さんにマルスを預けることは、問題は無いのではありませんか?」
 アリスの鋭い舌鋒に、女性委員は口をつぐんだ。再びアリスは玲子に顔をむけた。
「玲子さん、あなたのこれまでの行動とひととなりが、軍が信頼を寄せる理由でしょう。あなたのような女の子に軍の最新装備を任せるというのは、重い責任を負わせるということですが、あなたなら、その責任を全うすることができるでしょう。その一方で、マルスもあなたに幸をもたらすものと信じます。今日は、報告してくれて、ありがとう。」

2019年3月 5日 (火)

ブルーライトニング 第25章

 瑞穂はいつもの場所でソレイユとテニスで激しい打ち合いをしていた。ソレイユが本気を出せば、瑞穂がかなうはずはないのだが、そこはソレイユの手加減で、いい勝負をしている。
「あー、やられたー」
 ソレイユが打ち返したボールを追えず、瑞穂は嘆息しつつ、息を整える。
「ここまで、がんばれば、たいしたものよ。」と当然ながらソレイユは息切れしていない。
「ソレイユ、この部屋の壁って、どんな仕組みなの?」
 守は姉のプレイより、ボールが当たっても弾まない壁に興味があった。
「守君、この部屋はね、ロボットの運動性能をテストする部屋なの。壁には衝撃を緩和する材料が張ってあってね、衝突したものにダメージを与えないようになってるのよ。」
「へえー、すごいね」

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2016年5月 6日 (金)

ブルーライトニング 第24章

「結構、めんどくさいんだね」
 いくつかのゲートを通ってきた後に守がグチる。
「これで、最後だから」と、玲子はハンディの操作を続ける。ハンディの認証が済み、ドアがゆっくりと開いていくと、ドアの陰から少女と、お大柄な青いロボットが現れた。見慣れないロボットの姿に瑞穂は思わず「ひっ」と小さな悲鳴をあげるが、守は「かっこいい!」と、歓声をあげた。ソレイユの後ろに立っていたロボットは、玲子にも見たことがないロボットだった。
「いらっしゃい、みんな。さっ、入って」と、ソレイユがみんなを招く。
「でも、悪いけど玲子にはあってほしい人がいるの。せっかく、私に会いに来てくれたのに悪いんだけど」
「私に? 誰が?」
「会えばわかるわ。この、ゼムが案内するからついて行って。瑞穂と守くんには私がついているから」
 大柄なゼムが玲子の前に進み出た。
「こちらへ」と、玲子をエスコートする。
「瑞穂、守くん、私、ちょっと行ってくる」
 玲子はゼムの案内でセキュリティエリアの奥に歩いていった。二人が廊下の角を曲がり、姿が見えなくなると、
「ソレイユ、私、あのロボットに悪いことしちゃった。」
「瑞穂が悲鳴を上げたこと?」
「うーん、だって、びっくりしちゃって・・・」
「大丈夫、人間はほとんどびっくりするわよ。ゼムもそういう人間の反応になれてるわ」
「玲子は平気なのね」
「玲子はロボットを見慣れているもの。」

 大股でゆっくりと歩くゼムの後ろを、玲子は素早い歩調でついて行く。
「あの、間違っていたらごめんなさい。あなた、ライトニングファントムのゼムなの?」
 ゼムの歩みがぴたりと止まり、玲子のほうへ振り返った。
「そのとおり、私はライトニングファントムのゼムですが、その部隊名を誰に聞かれたのですか?」
「うちにいるロビーに・・・」
「ロビーですか・・・ そういえば、あなたはロビーと一緒に暮らしているのですね。」
 ロビーは踵を返し、再び歩み始める。
「あなたのことはロビーやアンドロイドから聞いておりました。ですが、こうしてお会いするまで、実感がわきませんでした。」
 実感て何? と玲子は思ったが、口にはしなかった。
「マルスがあなたをマスターにしたのも頷けます。」
「マルス?」
「はい、あなたに世話していただいているマルスです。」
 再び、ゼムは歩みをとめて、振り返り、玲子の前で片膝をつく。体が大きいので、これで玲子とほぼ同じ目線となった。
「あなたが私をご存じなら話が早い。我々、ライトニングは、あなたをマスターとして認証します。お許しを・・・」と。ゼムは頭を垂れる。出し抜けに言われたことの意味が玲子には理解できなかった。
「ええっと、どういうこと?」
「あなたをマスターと認証し、あなたを守り、あなたの意志に従うということです。」
 玲子は焦った。
「あなたは、軍のロボットでしょう。私の言うことを聞いていてはだめでしょう。」
 ゼムは頭を上げて答える。
「もちろん、軍の指令にも従います。それはあなたの安全と意志に反しないことは、実証されています。問題はありません。それとも、マスターになることが、いやですか?」
「いやじゃないわ・・・」と、玲子は答える。拒絶するのはゼムの存在を否定するようでいやだった。
「では、お許しを・・・」と、再びゼムが頭を下げる。
「いいわ、私でよければマスターになるわ。それで、私はあなたたちのために何ができることはある?」
「はい、マルスを大切に・・・ あなたにとっては当たり前のことでしょうが・・・」
「そんなことでいいの?」
「はい、それ以上の願いはありません。マルスは我々のマスターになってくれました。そして、マルスのマスターであるあなたは、我々にとってもマスターです。」
 ゼムは立ち上がった。
「申し訳ありません、時間をとらせてしまいました。ご案内します。」
 玲子はゼムの言ったことに思いを巡らせた。ゼムは我々、ライトニングと言った。ということは、ライトニングのロボットの総意なのだろうか。正直、今の玲子の理解を超えていた。
「後でおばさんと相談しよう・・・」

 ゼムは扉が閉まっている会議室の前で立ち止まった。
「こちらの部屋です。中で、西郷中将がお待ちです。」
「中将!?」
 玲子は、ソレイユが会ってほしいと言っている人が、中将という位の高い人と知って驚いた。
「では、私はここで失礼します。」と言って、ゼムはその場を立ち去る。玲子は意を決して、扉のドアホンを押し、入室の許可を求めた。
「入りなさい」と、優しい調子の声で玲子はひとまずほっとした。
 中に入ると、軍服の男が立ち上がった。見た目は、なんとも頼りなげな風采の男である。
「第7艦隊司令、西郷です。」
「初めまして、敷島玲子です。」
「まあ、座って楽にしてください。ざっくばらんに話したいのでね。」
 このとき、笑顔で応じる西郷の顔を見て、なぜか玲子の背筋にぞわっとした悪寒が走った。玲子はぐっと感情を押さえると、いすに座る。西郷は、玲子の正面を避け、机の角を挟んで、玲子の斜め前の席に座った。
「さて、今回はマルスのテストというやっかいごとを頼んで申し訳なかったね。軍用ではあるのだが、アンドロイドであるかぎり家庭での運用テストが必要という変な状況になってしまったのでね。」
「いえ、やっかいなこととは思っていません。」
「そうか、それならいいんだが・・・ それに、もう一つ、頼みがあってね。テストが終わってからも、君がマルスを預かってくれないだろうか?」
 うれしい申し出にも関わらず、玲子は即答できなかった。そう、この人は人の心を見透かす目をしている・・・
「いいんですか? マルスは軍のロボットですよ」
「むろん、マルスには軍の任務を遂行してもらうので、いつでも君のそばにいるわけではない。それに、君のためというより、マルスのためといった方がいいのだよ。実は、今日のマルスの試験で、数日前より能力が向上していることが判明してね。」
 玲子には意味が理解できなかった。
「理由は簡単だ。君の存在が、マルスの性能を向上させたんだ。ロボットのポテンシャル理論というものは聞いたこと無いかね。」
「いえ、ありません。」
「そうか・・・ ソレイユの生みの親である、スミス博士の理論なんだが、ロボットが人間をマスターにすると、その能力が引き上げられるという現象をいうんだ。つまり、マルスは君をマスターとすることで、能力を引き上げたのだ。これは軍にとっても好都合でもあるし、君のことは我々も信頼している。もちろん、君がいやといえば強制はしない。」
 玲子にはどうしても聞きたいことがあった。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ、差し支えないことなら、答えるよ。」
「どうして、マルスを9歳くらいの子供の姿に作ったんですか? 性能を求めるなら、メタロイドでもよかったじゃないですか。」
 西郷は笑みを浮かべた。
「さっき、ゼムが君を案内してきたはずだ。ゼムがどうしても君と話がしたいと言っていたのでね。で、ゼムは君に何か言ってなかったかね。」
 まるで何があったか知っているような口振りだった。
「私のことをマスターにしたいと言っていました。あの・・・ 私、マスターになってはいけなかったですか?」
「いやいや、とてもいいことだ。実はライトニングには高性能なロボットが集められているのだが、余りに高性能なために、従来のアンドロイドでは管制できないのだよ。メタロイドはアンドロイドを通じて、人間との接点を持つ傾向がある。実際、メタロイドが人間を直接にマスターとして認証するということはほとんどないのだ。それで、ライトニングファントムを管制させるために、高性能なマルスが開発したのだ。これで答えになったと思うが・・・」
「アンドロイドであることはわかりました。あの、もう一つ、お聞きしても?」
 遠慮がちな玲子に対して、西郷は鷹揚に構えていた
「いいですよ」
「マルスは・・・ その、ちょっと甘えんぼなところがあります。私も甘えられると、うれしくて、つい・・・」
 西郷はまるで質問されることがわかっていたようだ。
「マルスが甘えてくるなら、甘えさせてほしいし、君が、かわいいと思うのなら、かわいがってほしい。マルスは強大な能力と引き替えに、人間に従属的に作られているから、人間に甘えてくるのが必然なのだよ。そこもソレイユ達とは違うのだ。」
「ほんとに、私でいいんですか?」
「マルスが選んだのは君だ。それに私はサム・ダグラスから君のひととなりを聞いているし、今、私の目の前に君がいる。君はマルスを託し得る人物だ。問題はない。」
 迷いの感じれられない西郷の口調に玲子は納得した。
「わかりました。マルスのこと、責任をもって預かります。あの、伯父と小母には、私から、説明すればいいですか?」
「敷島博士は私から説得する。上原博士は君がマルスを預かることに反対してないから、心配ない。」
 玲子は風采のあがらない西郷が、心底、怖くなった。どこまで人の心を見透かしているのだろう。
「もう、私の話したいことはすんだが、ほかに聞きたいことはないかね。そろそろ、ソレイユのところに戻りたいだろう。」
「はい、伺いたいことは聞きました。」
「マルスをここに来させる。君の友達には軍のロボットであることを伏せてさえくれればいい。マルスが君の弟になったと言えばいいだろう。」
 西郷はハンディを取り出す。
「マルスかい? お姉ちゃんがここに来ているから、迎えに来てくれ。今日はお姉ちゃんと一緒に帰るといいよ。」
 少し間があいた。
「ああ、かまわないよ。それから、君のことは、お姉ちゃんに頼んでおいた。ずっと一緒に暮らすといい。」
 ハンディの通話ボタンを切ると、西郷は立ち上がった。
「マルスのこと、よろしく頼みます」
 玲子は立ち上がって、礼をする。
「はい」
 部屋を出る西郷と入れ違いに、マルスが入ってきた。マルスは玲子に駆け寄ると、ぴったりと抱きついてくる。
「お姉ちゃん、ずっと、そばにいていい?」
「もちろんよ。」

2016年5月 5日 (木)

ブルーライトニング 第23章

 マルスがキッチンにいくと、すでに上原がロビーと一緒に朝食の用意を始めていた。上原はマルスの人工頭脳の開発主任であり、マルスの生みの親の一人である。玲子とは縁戚関係ではないが、両親を亡くした玲子の母親代わりになっていた。ロビーはダグラスインダストリーが作った人型ロボットの試作型で、かつてはプレスト海軍のロボット部隊のリーダーをつとめていたが、戦闘用という厳つさはなく、上原と敷島の住居の警護を務めながら、家事もそつなくこなしていた。
「上原博士、ロビー、おはようございます。」
「おはよう、マルス。玲子はよく眠っていた?」
 上原は支度の手をとめずに聞いた。
「はい、よく眠っていました。」
 マルスはロビーからデータリンクで指示を受け、テーブルのセッティングを始めた。
「そう、それは良かった。」
「でも、明け方はぼくのことを抱きしめて、ユミコってつぶやいていましたけど・・・」
 ぴたっと、上原の手が止まる。
「そのときの玲子は、苦しそうだった?」
「いえ、優しい声でした。」
「そう、それなら、心配ないでしょう。」
 上原はフライパンに卵を流し込み、オムレツを作り始める。
「博士、ユミコってお姉ちゃんの妹なの?」
「アルトシティのテロで玲子が家族を亡くしているのは知っているでしょ。由美子は玲子の亡くなった妹なの。玲子の目の前で亡くなってね、玲子は思い出しては苦しんでいるのよ。最近、アルトシティが攻撃されたことで、眠れない夜が続いていて・・・ それで、ロビーがそばについていたんだけどね。」
「でも、昨夜はロビーがそばにいなかったけど」
「マルスがそばにいたからよ。玲子はよく眠っていたんでしょ。さあ、この話は、これでおしまいよ。」
 玲子の足音が聞こえてきたので、上原はそこで話を切った。

 身支度を整えた玲子がキッチンに来ると、マルスがきれいに食器を並べているところだった。昨夜の夕食の時は、玲子の言うことが理解できなくて、もたもたしていたが、今朝はずいぶんとちがう。
「小母さん、ロビー、おはよう。」
「おはよう、玲子。今日は、私が用意したから。たまにはいいでしょう?」
「ありがとう、小母さん。マルスもちゃんとお手伝いができてるのね。」
「うん、ロビーが教えてくれたから。」
「おはようございます、お嬢様。マルスには、データリンクで作業内容を伝えました。私が指示すれば、お嬢様の負担は軽くなると思います。」
 ロボットがデータリンクを使って他のロボットを制御できることは玲子も知っている。言葉ではうまく指示できなくても、ロボット同士のデータリンクなら、一瞬のうちに正確な情報が伝わるのだ。

「おはよう」と伯父の敷島も来た。
「おはよう、おじさん」
「今朝は、ご機嫌だな、玲子」
「そう?」
 朝食を食べ始めると、ふいにマルスが言った。
「お姉ちゃんは、ぼくが女の子の方がいい?」
「ええっ?!」と、玲子はびっくりしてマルスの顔を見る。マルスは真剣だった。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「だって、ぼくのこと女の子の名で呼んだでしょ。だから、お姉ちゃんは女の子の方がいいのかなって・・・ 」
「私が? いつ?」
「朝、お姉ちゃんが起きる前・・・」
 玲子は朝方の夢を思い出した。
「ごめん、それ、私が寝ぼけていたのよ。マルスは今のままでいいのよ」
「そうなの?」
「ぼくが女の子だったら、ずっと一緒にいてもいい?」
「男の子のままでいいわよ。私もずっと一緒にいられるといいと思うわ。」
 上原がのんびりとした口調で言う。
「でも、玲子が女の子のほうがいいというのなら、マルスを女の子に作り替えてもいいわよ。外装を変えるだけで、簡単にできるから。」
「おばさんまで、そんなこと・・・ 私は今のマルスのままでいいの。」
 上原は口元に笑みを浮かべ、
「そう、それなら、それでいいわ。マルスもわかったわね。さあ、話もいいけど、食べなさい。学校に遅れるわよ」

「玲子!」
 通学途中に、玲子を呼ぶ声が・・・
「瑞穂・・・」
 顔を合わせたとたん
「あれ、何か、いいことあったの、玲子」
「えっ?」
「だって、ちょっとうれしそうな顔をしているもの」
「そんなに、私、にやけてる?」
「いやー、にやけてるってわけじゃないけど・・・ 」
 二人は並んで歩き始める。
「でも、うれしそうな感じがするんだもの。ちがうの?」
「うれしいことはあったわ。確かに・・・」
「そう、それならよかった。でっ、どんなこと? 教えて!」
 瑞穂の問いは容赦ない
「アンドロイドの男の子をね、一般家庭でテストするっていうので預かってるの。」
「弟ができたってこと?」
「でもね、一時的に預かってるだけだから。」
「そうか、でも、おねだりしたら? テストが終わっても、このままおいておいてって。玲子は、いいお姉さんになるよ。」
「どうかなあー」
「うちの守も、玲子のこと大好きなんだよ。何なら、守と、とっかえっこしない?」
 守は瑞穂の弟で初等部6年生だ。  
「守くん、怒るわよ、そんなこと聞いたら。」
「もう、聞いちゃってるけどさ。お姉ちゃん、勝手に取り引きしないでくれない!」
 後ろからの声に玲子と瑞穂が振り返る。
「あれ、守、いたの?」と瑞穂はしれっと言い返す。
「いるさっ! 学校が一緒じゃないか」
 玲子の通う学校は、初等科から高等科までそろっている一貫校なのである。
「冗談よ、守くん。瑞穂ったら、守くんのこと、大好きなのよ。」
 瑞穂は玲子を小突いて言った。
「いやあね、玲子、それこそ、悪い冗談だわ。守はかわいげないもの」
「かわいいと言われても、うれしくもないけどさ」
 守は相変わらず不機嫌さを隠そうとしない。
「二人とも、喧嘩できるのも、仲がいい証拠よ」
「そんなことよりさ、今日、ソレイユに会いにいけない。今日、部活が休みなのよ。」
 玲子もソレイユに会ってみたいと思っていた。
「そうね、都合を聞いてみるわ」
「それなら、ぼくも行きたいな。」 
「ええー、守もいくのー」
「ぼくもソレイユに会ってみたいの!」
「いいわよ、守くん。ソレイユに会いたいなら連れて行ってあげる。放課後、私たちを待っててくれる?」
「うん、連れて行ってくれるなら、ぼく、待ってる。」
「もう、守ったら、玲子に対しては素直なんだから・・・」

2016年5月 4日 (水)

ブルーライトニング 第22章

 ぼんやりとした意識の中・・・ 玲子は言った。
「あれ・・・ 由美子、何で私の布団の中にいるの?」
「寒いから!」
「もう、しょうがないなあ。」
 玲子は妹が寒くないように、布団を由美子の方へずらしてやると、自分の背中が少しひんやりする。
「お姉ちゃんって、暖かくていいな」
 玲子は甘えてくる由美子の小さな体を抱き寄せる。
「あれ、こんなに小さかったかな? 」と思いながら、ふわっと意識がはっきりする。玲子はマルスを腕の中に抱いていた。
「夢か・・・」
 マルスは玲子に抱かれながら、パッチリと目を開いて、玲子の顔をのぞき込んでいる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でもないの。今、何時だろ?」
「5時55分だよ」
「じゃあ、起きようか。」
「うん」
 玲子のTシャツをパジャマ代わりに着たマルスは、大きなシャツから手足が伸び、滑稽だが可愛らしい。マルスはシャツを脱ぐと、
「これ、どうしておけばいいの?」
「畳んで、ベッドの上に置いておいて」
 だが、戸惑うマルスを見て、玲子はマルスからシャツを取ると、たたんでベッドの上に置いた。
「こうしておけばいいの。」
「うん、わかった。」
 マルスは服を着ながら、
「お姉ちゃん、どうして、ぼくをユミコって呼んだの?」
「そんなこといってた?」
「うん」
 玲子は笑いながら、
「寝ぼけてたの。マルスのこと、妹と間違えちゃったの。年格好が似てたから。」
「そうなんだ・・・」
 マルスは服を着終わると、
「お姉ちゃん。ぼく、ロビーのお手伝いをしてくるね。」
「そうね、お願い」
 マルスは元気よく部屋を出ていった。

 玲子が住むプレストシティは、極東に位置する比較的経済力が大きなシティである。約120年前、自立型ロボット兵器が暴走し、無差別殺戮と破壊の限りを尽くし、国家体系は崩壊した。その復興の礎となったのが、世界各地の「シティ」と呼ばれる新たな都市国家である。だが、世界連邦が設立され、復興が落ち着いた10年ほど前から、カタリナという女性指導者が束ねる「セレクターズ」が世界を脅かすことになる。セレクターズは劣等人種の淘汰を主張し、シティに対する武力攻撃を行っていた。連邦政府は、経済力のあるシティに、セレクターズと戦う戦闘艦隊の結成と運用を要請し、プレストシティ政府は、プレストシティの沿岸警備を担当する海軍を防衛軍から分離独立させて、第7艦隊を結成させた。プレストシティの現政権は、テロリストの攻撃を許す等の失態を犯す防衛軍に、戦闘艦隊の運用を行わせるのは得策でないと判断したからだ。プレスト海軍は第7艦隊の結成にあたり、防衛軍と議会勢力の一部が主張する、ガバメント社の兵器システムの採用すべきという意見を退け、運用コストの縮小という大義名分から、ローウェル社とダグラス社の兵器システムを採用した。玲子はこのあたりの経緯までは一般常識として知っているが、プレスト海軍が、なぜ9歳ぐらいの子供の姿をしたマルスを開発したのか、玲子は疑問を抱いてはいた。しかし、今は、依頼されたマルスの家庭でのテストに協力することにしている。

2016年5月 3日 (火)

ブルーライトニング 第21章

 玲子が通された部屋には、すでに上原や、敷島、アリス・ダグラスが待っていた。出張でしばらく不在だった伯父をみて、

「伯父さん、帰ってたの

「ああ、ついさっきな」と敷島は玲子に答える。ちょっと機嫌が悪いなと玲子は思った。顔見知りのアリスは

「面倒を頼んで悪いね。週間後ぐらいで、口頭でレポートしてもらいたいの。たぶん、形式的なことで終わると思うから。」

「それだけでいいの

「それだけよ。難しい話ではないと思うけど。やってもらえる

「私にできることならやりますけど・・・ マルスはここにいないの

「いま、ソレイユがつれてくるからね」


 ソレイユと一緒に部屋に入ってきたマルスは、玲子の顔をみて、顔がぱっと明るくなる。

「おいで、マルス」

 マルスは小走りで玲子に抱きついてきた。もうすっかり、玲子に懐いているようだ。玲子はしゃがんでマルスと視線を合わせる。

「マルス、しばらく、私と一緒に暮らすのよ。」

「ほんとなんだね、一緒に暮らせるんだね、玲子さん」

「うーん、でも、私のお願いも聞いて欲しいの。私のことは、「お姉ちゃん」て呼んでほしいな。」

「お母さんじゃなくて」

「私、まだ、16歳よ。お母さんて呼ばれるには抵抗があるわ」

 他愛もない二人の会話に、アリスと上原が口の端に笑みを浮かべる。

 玲子は振り返って、上原に聞いた。

「今日はこのまま、マルスを連れて帰ってもいいの 」

「ええ、今日は一緒に帰りましょう。敷島さんも久しぶりだから、今日は残業なしで帰りますよね

「ああ、今日は時差ボケがつらい・・・」

(なんだ、時差ボケがつらいんだ)と玲子は思った。


 玲子は上機嫌で夕食の支度をし、ロビーは手際よく手伝った。マルスは手際がいいとはいえなかったが、ロビーがデータリンクで指示を与えたので何とか足手まといにはならずにすんだ。

「玲子の手料理もひさしぶりだ。」と敷島も今は機嫌がいい。ロビーが玲子の横に席を用意してくれたので、マルスは玲子の横に座っている。家族が増えて、和やかな時間となった。

「ねえ、おばさん、マルスの服、買ってもいい

 玲子にしては珍しいおねだりだった。

「だめよ」

「でも、マルスの服って少なくない

「それは認めるけど、マルスの服は普通の服じゃないの。戦闘用の防護服を兼ねる特殊なものなのよ。だから、普通の服は着せてはだめなの。」

「そうなの・・・」

 玲子はつまらなそうだ。

「玲子、マルスは一時的に預かるだけだ」と、敷島は素っ気ないが、上原は違った。

「わかりませんよ。軍は玲子にマルスをこのまま預けるつもりかもしれない。玲子はどう 軍がマルスをこのまま預けると言ったら・・・」

「それはそれで、うれしいけど・・・ 」

 マルスはそれを聞くと

「本当」とうれしそうだった。


 寝る前に、玲子はマルスのエネルギー補給のやり方を上原に教わった。マルスを自分のベッドに寝かせ、マルスのおなかにあるコネクターに、プラグをつないぐ。

「ロボットのエネルギー補給はマスターの義務だから、毎日やってね。」

「毎日、補給しないとエネルギーがからになるの

「そんなことはないわ、日常動作では割も食わないのよ。ただ、いつでお満タンな状態にしておかないとね。そら、後は、充電器のスイッチを入れるだけよ。後は任せるわ。おやすみ、玲子、マルス。」と言って、上原は部屋を出て行った。玲子は充電器のスイッチを入れる。ぶーんと音がして充電が始まった。マルスは仰向けになったまま、じっと動かない。玲子はその間に、マルスの寝間着になるものがないかと、箪笥の中をあさりはじめる。マルスは横になったまま、玲子に話しかけた。

「お姉ちゃんと一緒のベッドで寝ていいの

 玲子は手頃なTシャツを取り出しながら言った。やっぱり、裸で寝かせるのは抵抗がある。

「家には、あと客室のベッドしかないのよ。私と一緒じゃ、いや

「ううん、そんなこと無いけど・・・・」

 マルスの充電は分ぐらいでおわり、上体を起こしたマルスに自分のTシャツを着せる。

「今夜はこれで我慢してね。」

 マルスはベッドの端に腰掛け、ぶかぶかのシャツをもてあそんでいる。パジャマに着替えながら、その様子を眺めていた玲子の口元に笑みがこぼれる。こういうアンドロイドの仕草は、どうやってプログラムしているのだろう。機会を見つけて、上原に聞いてみようと玲子は思った。

 マルスの横に腰掛けた玲子は、マルスの肩を抱える。マルスはこてっと玲子にもたれかかり、クスクスとわらった。

「それじゃあ、寝ようか」と言って、玲子はマルスの頬にキスをした。マルスはきゃっと笑って、ベッドの上に飛び乗り、すみの方で丸くなった。

「そんなに端にいかないでもいいの」と、玲子はマルスを抱き寄せる。

「狭くない」とかわいらしくマルスが言う。

「気にしないで、おやすみ」と玲子は言いながら、照明を暗くして横になった。マルスはすぐに休眠モードに入って動かなくなる。人間と違って呼吸をしていないので、少し違和感があった。いや、それ以上に、すぐに寝てしまうのも、普通の子供ではあり得ない。妹の由美子は、きゃっきゃっとふざけて、なかなか寝なかったことを、玲子は思い出した。玲子はマルスをそっと腕の中に抱き寄せる。

「久しぶりだな・・・ この感じ・・・ 」

 腕の中に幸せを感じながら、玲子は眠りに落ちた。

2016年5月 2日 (月)

ブルーライトニング 第20章

 昼休み、玲子のハンディにメールが着信した。玲子はブラウスのポケットからハンディを取りだし、メールの内容を確認する。それはソレイユから今日の放課後に会いたいという内容のメールだった。
「どうしたんだろう。何か、あったのかな?」
 いつものソレイユならば、玲子の都合を気にしつつ、会いたいと伝えてくるのが常だった。だが、今日のメールには玲子の都合を聞く部分はない。つい、玲子はハンディを手に考えこんでしまった。
「なに、そのかっこわるいハンディは! もっと、いいものに変えたら!」と、あからさまに侮蔑を込めた声に玲子は我に返る。クラスメートの伊藤綾(あや)だった。玲子は動じることもなく、ポケットにハンディを押し込む。
「私は、このハンディでいいのよ。別に伊藤さんが使う訳じゃないでしょ。」
「私はね、あなたがみすぼらしいと言っているの。わかんないかな、やっぱり玲子はばかよね! これくらいのハンディにしなさいよ」と、自分のハンディをみせびらかす。それが流行の最先端モデルであることは玲子でもわかる。綾の取り巻きの女子は、一斉に笑い声を上げた。そこに、ぴしゃりと厳しい声が響く。
「ちょっと、そこ! 安物のハンディを自慢してんじゃないの。玲子が使っているハンディは、ビジネスモデルの高級品よ! 私たちが使っている子供用のハンディとは違うんだから! それとも知らずに悪口言っている、あんた達のほうがバカよ!」
 玲子の親友である瑞穂(みずほ)だった。クラスの男子に人気がある瑞穂と、まともに争うものは少ない。それに言っていることも間違いではないのだ。玲子のハンディはダグラス社の一部の社員に支給されるカスタムモデルである。綾たちは自分たちに向けられる冷ややかな視線からのがれるように、その場を離れていった。瑞穂は声を落として玲子に話しかける。
「どうしたの、ハンディを見ながらぼんやりとして? 玲子がぼんやりとしてるから、綾たちが噛みついてくるのよ。ソレイユになにかあったの?」
「ソレイユが私と会いたいと言ってきたの。今日の放課後、来てくれって・・・」
「そんなこと? 」
「ええ・・・」と玲子は曖昧に返事をした。
「ソレイユからお誘いがあったなら、私も連れて行ってくれない?」
「それは無理よ、なぜか知らないけど、今日は私一人でと言ってるの。」
 玲子は自分とは違う。一人で来てと言うのは、何か事情があるのだろうと察して、瑞穂はあっさりと引き下がる。
「それじゃ、仕方ないわね。また、差し支えないときに、私を誘って」

 プレスト海軍第7艦隊司令である西郷はスコット司令の命令に応じて、プレスト海軍司令部に出頭していた。 プレスト沖海戦の報告を求めるものであった。西郷は、これまで判明したことをゆっくりとした調子で報告していた。
「確保した捕虜からの情報によると、今回の旅客機攻撃は、乗客の一人を暗殺するためとわかりました。相手が旅客機であることで、新人の戦闘訓練の標的にしたようです。もっとも、旅客機の回避運動が巧みだったことと、迎撃が間に合ったことで攻撃が失敗してしまったということです。」
 きわどい事実を聞かされて、会議の参集メンバーは息を飲む。のんびりとした調子で西郷は報告を続ける。
「旅客機は航路管制装置に何らかのハッキングを受け、航路を逸脱したこともわかりました。旅客機はガバメント社の管制システムを搭載していたので、システムに何らかのバックドア(ハッキングの侵入口)が仕込まれている可能性もあります。これについては現在も調査中です。乗客の誰をねらったのかは、捕虜は聞かされていなかったようですが、オルソン少将の報告によると、乗客リストに彼女がつとめていた投資会社のCEOが乗っており、状況から彼が標的であったと考えられます。詳細はオルソン少将の方から・・・」
 西郷に替わってオルソンが報告を引き継ぐ。
「本日、私がつとめていた投資会社が、ガバメント社から大量の投資を引き上げることを決定しました。CEOはダグラス社への投資を決め、今回、ダグラス社との交渉のため、自らプレストシティへこられたようです。私が、CEOに直接会ってお話を伺ったところ、この投資の引き上げには社内に反対する勢力もあったようですが、CEOの決定により、実行されたとのこと。今回の旅客機襲撃は、CEOを暗殺することで、投資の引き上げを阻止するために実行されたと考えられます。」
 高野長官が疑問をぶつける。
「こんなことをいっては失礼だが、たかが投資会社のCEOを暗殺したところで、何とかなるものなのか?」
「ご指摘、もっともですが、彼の影響力は市場では大きいのです。ガバメント社はその影響力をおそれたものと思われます。」
 さすがに、元トレーダーのオルソンの言葉を疑うものはいなかった。
「実際、ガバメント社は投資市場から資本の大半を引き上げられています。これは相当、経営に影響を与えるでしょう。」
「つまり、ガバメント社は経営にかなり打撃を受けるということか?」
「長官のおっしゃるとおりです。もっとも、アルトシティ攻防戦で3機のドラグーンがタイタンに撃破されなければ、これほど、劇的な投資の引き上げはなかったでしょう。ドラグーンは実質ガバメント社の主力製品であるグリフォンの改修型ですから、ドラグーンの敗北はガバメント社の製品の敗北でもありますので。」
 オルソンの発言が一息つくと、会議の場にほっとした雰囲気に覆われたが、長官の一言が、そのゆるみを吹き飛ばす。
「西郷司令、現状はプレストシティに対する攻撃が考えられるが、君の考えはどうか?」
 覇気のない西郷の様子は変わらない。わかってはいるものの、高野でも、ちょっといらいらしてしまう。
「はい、長官の言われるとおり、ガバメント社を脅かすローウェル社が存在するフォルテシティ及びロンドシティ、アルトシティのうち、ロンドシティとフォルテシティは強大な軍事力を持ち、武装テロリスト「セレクターズ」の攻撃を再三にわたり退けています。アルトシティへも友邦ロンドシティから部隊派遣が決まり、防衛力が強化されるでしょう。残るはローウェルと協定を結ぶダグラスを有するプレストシティへの攻撃を考えるのが自然です。」
「それに対し、君の対処方針は?」
「プレスト沖海戦で、セレクターズは潜水空母を失いました。先ほどのオルソン少将の報告にあるように、ガバメント社には兵器供与の余裕はあまりありません。おそらく、セレクターズによる攻撃の準備には時間がかかるでしょう。その間は政界や世論による切り崩し、もしくは、小規模な市街地のテロをもくろむものと思われます。」
「しかし、君が切り札と考えていたマルスは、今現在、経営監視委員会から量産を止められている。これからの対処は?」
「経営監視委員会において、アリス・ダグラス議長の采配で、マルスの家庭での試験運用が提案されました。試験は敷島博士の姪である敷島玲子がおこないますが、問題はないでしょう。彼女による試験で、マルス型アンドロイドの生産に移れると思います。」
「自信ありげだな?」
「はい、スミス博士は、今ではプロジェクトを騒ぎを起こしたことは後悔しています。これ以上、マルスプロジェクトを妨げることは無いと思います。」
「これも君のプランで折り込み済みのことか?」
「いえ、必然的な流れです。」
 調達部長が意見を発する。
「軍用装備であるマルスを一般人に預けるのは問題ではないですか?」
 その問いには高野長官自らが答えた。
「いや、彼女はソレイユに関わりが強い娘だ。マルスを預けるのに不都合はないと私は考える。スコット司令、君の考えは?」
「私も問題ないと思います。」
「それならば、私にも異存はありません」と調達部長も同意して議論は終了した。

「どういう議論で、玲子がマルスの試験をやらなきゃいかんのですか?」
 出張から戻った敷島がことの次第を聞いての第一声がそれだった。
「成り行きですよ。マルスが家庭生活を支障なく過ごせると証明しなければならないの。それに、玲子はマルスのこと気に入っているみたいじゃないですか。サムの話だと、マルスも玲子のことを、意識しているみたいですしね。」
 ダグラス社の経営監視委員会の議長であるアリス・ダグラスが答える。彼女はダグラスインダストリーの会長ジム・ダグラスの妻であり、サムの母親である。その場には上原もいたが、二人の話を黙って聞いている。
 敷島はローウェルインダストリー・フォルテ本社への出張から戻ったばかりだった。ローウェルインダストリーでは、マルス型アンドロイドの量産ラインの構築、大型ロボットの試作型「プロメテウス」の開発を進めており、敷島の手助けを求めているのである。
「まさか、玲子を巻き込むことになるとは・・・」
「不満ですか?」
「本音を言えば不満です。ソレイユのことだけでも十分すぎるというのに・・・ 玲子はまだ16歳ですよ。」
「もう16歳です」とぴしゃりと上原が言う。アリスは苦笑を浮かべる。
「まあ、年齢のことは置いといて、いろいろと玲子だけに負わせてしまってますからね。それは認めます。それは軍司令部も認めていますよ。」
「認めているのなら、配慮ぐらいしてほしいものです。」
「玲子はマルスのこと、気に入ってますよ。」と上原は素っ気ない。
「玲子は気に入るだろう。だが、苦しむかもしれない」
 アリスはふっとため息をついた。
「父親は娘に甘いですね。5人の子の母親として言いますけど、玲子ぐらいの子は苦しむものです。でも、乗り越えなくちゃいけないんです。」
「それは、そうですが・・・」
「案外、玲子にとっても、いい方にいくかもですよ。母親のかんですけどね。」

 玲子はいつもの手順でダグラスのセキュリティエリアにはいる。待ち合わせ場所で待っていたのは、ソレイユではなくサムだった。
「私はソレイユに会いに来たんだけど・・・」
「ソレイユが君を呼んだ理由は、俺と会わせるためだ。用件を言うと、マルスを君に預けたい。」
「どういうこと?」
「事情があってね、マルスが家庭用機能を備えていないってことが問題になって、一般家庭の使用に支障がないかテストしようということになった。」
「それで、私がテストするの? マルスは軍のロボットなんでしょう?」
「やっぱり気づいていたか・・・ いや、マルスが玲子のことを気に入ってるんだ。マルスの気持ちも大事にしてやりたいんでね。で、玲子はどうなんだ?」
 玲子の心がぐらっと揺れた。
「私も、マルスのことはかわいいと思うし、でも、なんで、私なの?」
「玲子がちょっとの間、だっこしてくれてただろう? マルスは甘えんぼなんだよ。」
「でも、あれって・・・」
 サムが手のひらをつきだして玲子を制する。
「アルトシティで俺たちがドラグーンを迎撃したことは知ってるだろう? マルスも参加してたんだ。マルスは2体のドラグーンに手傷を負わせたし、巡航ミサイルも撃墜した。それで、戦いが終わった後、俺に聞くんだよ。玲子が喜んでるだろうかって。」
 玲子にもサムが言わんとしていることはわかった。
「わかったわ、マルスに会わせてくれる?」

2015年11月24日 (火)

ブルーライトニング 第19章

「4隻の潜水艦の圧壊音を確認。ほかに潜水艦の動きはありません」とエレクトラが報告する。
「相手は全滅でしょうか」と、村山は聞く。
「捕虜から聞き出した情報では、敵は2隻の潜水空母と、攻撃型潜水艦2隻、勘定は合うだろう。まあ、潜水空母を2隻も沈めれば上出来だな。エレクトラ、ライトニングの撤収を急がせろ。村山さん、ここで指揮を頼む。艦長、一緒に操艦ブリッジにいこう。」
「了解しました。で、何をしに、ブリッジに?」
「操艦スタッフに礼を言わねばならない。機関不調と偽ったことで、ずいぶん不名誉なことをさせてしまったからね。私は、ブリッジで撤退の指揮を執る。ホワイト中将から通信があったら、私は寝ているとでも言って、あいつをあおってほしい。潜伏しているライトニングを待避させる時間がいる。」
 あきれたように村山がいう。
「またですか」
「何度でもするさ。そろそろ通信が入ってくるぞ。」
 通信オペレーターが声をあげる。
「司令、第2戦闘艦隊から通信です」
 村山はため息をついた。
「司令、さっさと司令室から出て行ってください。」
 西郷は手を振りながら艦長とともに司令室から出ていった。通信モニターに現れたホワイトは、司令官の不在に対し、悪口雑言の限りを村山に浴びるが、村山はさらりと受け流す。ホワイト中将はますます感情にまかせて怒鳴り続けた。村山はジュノーが進路を変えるのを感じ、手振りで撤退を合図する。その動きを察したのかホワイト中将がいきり立つ。
「この状況で何をする気だ! 戦場から撤退するのか。貴様! 残存兵力があるとは考えないのか?」
「さあ、その可能性はないと思いますがね。4隻の撃沈を確認しましたし、捕虜の話では、敵は4隻とのこと。残存兵力があるとは思えません。それに、あの深度で圧壊すれば、テロリストは即死だろうと考えますが?」と、村山は年下だが自分より階級の高いホワイト中将の怒りを執拗にあおる。さすがは年の功とその場にいる誰もが小気味よく思った。エレクトラはモニターに映るホワイト中将の姿を無表情で見ていたが、不意に村山に報告する。
「参謀長、潜水艦が海底へ着座したような音をとらえました。座標は20050077です。」
 村山は内心の動揺を隠しながら、エレクトラに顔を向ける。とたんに通信スクリーンのホワイト中将は表情を変えた。
「無能な貴様らは帰れ! 我々が捕虜を確保してやる。」
 そう言い残すと、ホワイト中将の姿は通信スクリーンから消えた。
「着座音がしたという報告は本当か?」と、村山は意外な推移に焦りを感じた。が、エレクトラはすました顔で答える。
「いえ、虚偽の報告です。ライトニングが現場から退避したので、司令に報告したところ、あのように村山参謀長に報告するように指示されました。」
 一瞬で村山の緊張が解けた。
「ありがとう、エレクトラ。」と村山は言った。海底で敵の情報を送り続けていたライトニングのロボットたちは、すでに戦場からの待避が済み、第2艦隊は彼らの痕跡をつかむことはできないだろう。村山は、ふと西郷司令が自分の敵だったらと考えたが、恐ろしくなってやめた。
 西郷が4隻のテロリストの潜水艦を撃沈したことを報告したので、プレストシティは19時すぎに警戒警報を解除した。空母ジュノーは2隻の護衛艦を従え、プレストシティへ向けて、順調に航行している。西郷は情報分析エリアのディスプレイで、第2艦隊が現場にとどまり、戦況の確認と称して、捜索活動をしている状況を無人哨戒機の映像で見ていた。西郷の傍らには、オルソンが市場の動きを追っている。そんなオルソンに、ぽつりと西郷が語りかけ る。
「話しかけてもかまわないか?」
「ええ、どうぞ」とオルソンが、ディスプレイから、眼をはなさずに答える。
「旅客機撃墜を防げたのは、君の情報のおかげだ。礼を言う。」と、西郷が言った。彼にとって、4隻の潜水艦を沈めたことなど、旅客機救出のおまけでしかない。
「おだてないでください。あの程度の情報で、あれだけの対処をした、あなたの方が、すごいと思いますけど・・」
「何かが起こるという一報をくれたのは君だ。君の情報がなければ、大惨事になっていたかもしれない。」と、西郷が答える。オルソンは肩をすくめた。西郷は手柄に対する欲がない。マリーがおもむろに西郷へ首を向ける。
「それよりも、ちょっと、おもしろい情報があります。聞きたいですか?」
 マリーの顔は笑っている。
「それは、ぜひ、聞きたいね。」と、西郷も笑顔で応じる。
「先のアルトシティ攻防戦において、ドルフィンとブラックタイタンが、テロリストのドラグーンを撃破しました。そのため、ドルフィンとブラックタイタンを開発したローウェルインダストリーへの投資が活発になってます。それに対し、投資家がガバメント社から投資を引き上げているようです。これは、経営にかなりのダメージを与えそうですね。実は先ほどの旅客機には、かつて、私が勤めていた投資会社のCEOが乗っていました。私に会いに来たようですが、もしかしたら、ガバメントから投資を引き上げる決断をしたので、暗殺を試みたのでは・・・・」
「ふーん、そうか・・・・ しかし、ちょっと勝ちすぎたかもな・・・ 」と、西郷は人ごとのようにつぶやく。
「勝ちすぎると、いけないんですか?」と、マリーは意外だとも言いたげに聞き返す。
「そう、勝ちすぎるのはよくない。敵によけいな刺激を与えると、次は、より強烈な攻撃をかけてくる可能性もある。まあ、今回は敵の航空戦力をつぶした。ガバメントが、君の算出した損害を被っていれば、テロリストに追加の兵器を供与するのは簡単ではないだろうがね。」
「そうですね、アルトシティ攻撃から、今回に至るまで、作戦がことごとく失敗したわけですから・・・」と、マリーは内心の怒りを押さえていった。テロで金融市場を混乱させ、利益を得る金融操作。そんなからくりのために殺された人が、なんと多いことか・・・
「それはそうと、ダグラスインダストリーの方はどうなんだ。」
「ええ、マルスが家庭用機能を搭載していないということで、解体処分を主張するグループが勢いを増しています。スミス博士が中心なんですが、スコット司令も困っているご様子です。私も、マルスがかわいそうで、基地にいるのが辛かったんで、ここへ来させていただきました。」
「そうか・・・」と、西郷はため息混じりに答え、ぽつりとつぶやく。
「じゃまなスミス博士を排除するか・・・」
 それを聞いたマリーが、真っ赤になって叫ぶ!
「司令!」
 マリーの剣幕に西郷はおそれをなした。
「ああ、いや、冗談だよ・・・・」
「司令が言うと、本当に殺っちゃいそうな気がするんです。冗談でもやめてください!」と、マリーは言った。
「すまなかった・・・・」と、西郷がぽつりと言う。マリーは恥ずかしさからさらに真っ赤になる。
「いえ、私こそ、すいません。中将に向かって・・・・」
「気にすることないよ。君も少将だ。まあ、なんだ、マルスのことは何とかなるさ。」 
「私、思うんですけど、あんな子供のアンドロイドに、本格的な家事用機能が必須といえるんでしょうか。私だったら、かわいければいいと、思うんですけど・・・」
「家庭用機能を搭載していないということは、純粋に戦闘用アンドロイドを作ったと、スミス博士は考えているんだ。ダグラスインダストリーが戦闘用アンドロイドを作った。その事実が明るみにでれば、ソレイユの解体処分を訴えている裁判に、どんな影響を与えるかわからない。それを、スミス博士がおそれているんだよ。ソレイユのことなら、スミス博士も無茶をするさ。」と、西郷は分析する。今は判決を控えた微妙な時期だ。スミスが過敏になっているのも無理はない。しかし・・・ マリーは溜息をついた。滅多に見られないことである。
「ソレイユもかわいそうだと思います。でも、マルスもかわいそうです。一生懸命、がんばっているのに、なぜ、一方的に解体処分と言われなければいけないんでしょう。マルスを殺すということですよ! できることなら、私が引き取って、アンドロイドに家庭用機能がいらないって証明してやりたい・・・」
 西郷が右手で自分の顎をなでる。
「君の出る幕はないさ。サムには、マルスを実際の家庭で適用テストをさせろと言ってある。予定されているレポーターが未成年ということなんだが、心配はない。しばらくはマルスを一般家庭におくことも悪くはないだろう・・・」
「未成年? 軍人ではないのですか? 」と、マリーは思わず身を乗り出す。
「君も名前くらいは知ってるだろ。「敷島玲子(しきしまれいこ)」って娘だ。」
「あの・・・ ソレイユのお友達の女の子ですか?」
「ああ、あとは、サムとサムのお母さんに任せるさ。サムのお母さんて、ダグラス社の経営陣の中ではやり手だからねえ。きっと、うまくやってくれるよ。」
 マリーはのほほんとした西郷の真意がよくわからなかった。あれほどマルスの戦力化を急いだ西郷が、なぜ、ここまでのんびりできるのだろう。
「いいんですか? 軍人ではない人に、マルスを預けて・・・」
「我々の目的は、マルスだけではない。マルスを量産化して、配備することなんだ。まずは、量産化にこぎつけないと話にならない。それに、セレクターズの戦力をかなりつぶしたから、少し、時間的、余裕もあるだろう。」
「なるほど、抜かりはないんですね・・・・」
「スミス博士も、もうすぐ自分のしたことを後悔して、心変わりをするはずだ。マルスへの圧力も、もうすぐ消える。」
「ほんとですかあ」とマリーは懐疑的だ。今のスミスを見ていると、心変わりするなど信じられない。だが、西郷が言うことは、ほとんどその通りになっているのは、今まで経験済みだった。と、西郷がいきなり話題を転じた。
「しかし、もっと深刻な問題は、今回の旅客機の事件だよ。テロリストを撃墜したところに、ソレイユが関わったことがニュースに流れている。一部のメディアはソレイユを殺人ロボットとして糾弾している。これは、ソレイユの裁判の結果を悪くするかもしれない。」
「旅客機なら、無事だったじゃないですか・・・」
「ニュースのタイトルはこうだ。「殺人ロボット”ソレイユ”、戦闘機を撃墜、パイロット2名死亡」とね。テロリストという事実は伏せてあるが、間違ってはいない。」
「そんな、むちゃくちゃな!」
「そう、むちゃくちゃだ。だが、これに乗じて、ピースメーカーが反ソレイユキャンペーンを大々的に展開するのは間違いない。」
「あの恥知らずな市民団体こそ、テロリストに殺されればいいんです。ソレイユはシティの安全を守ってるんですよ!」
「怒りなさんな、気力の無駄だ。「正義の味方」症候群という病人は、自分が正義だと信じて疑わない。正義と称して犯罪行為でもやりかねないのだよ。テロリストと同じだな。まあ、気分を変えて、お茶でも飲まないか?」
 なぜか、西郷の気楽な物言いは、相手の気持ちを抑えるようだ。西郷は部屋の隅にあるポットから熱い飲み物をカップに注ぎ、マリーにもカップを渡す。マリーはほっとため息をつくながら、熱いお茶をすすった。
 サムが西郷の司令を受け、ジュノーから一足先にサムソンインダストリーに向けて飛び立った頃、ソレイユはマルスを自室に連れて行った。旅客機を誘導したあと、マルスを連れて、空母ジュノーに戻ろうとしたのだが、ジュノーが臨戦態勢に入り、さらに、シティに警戒警報が発令されて、ソレイユとマルスはダグラスインダストリーで待機することになったのだ。だが、テロリストの潜水艦との戦闘が終わり、19時に警報が解除されると、ソレイユはマルスを眠らせることにした。マルスの解体処分に向けた社内の議論。欠陥品という評価。裁判で解体処分を要求されているソレイユですら、これだけの状況にさらされたことはない。なにもかも異常すぎる。ここまでくると、もう限界だとソレイユは判断せざるを得なかった。上原博士は軍の嘱託の仕事で、マルスにかまってくれそうもないので、マスターのサムが戻るまで、マルスの機能を止めることにしたのだ。
 ソレイユは自分のベッドにマルスを寝かせる。横になったマルスは、ソレイユにいった。
「ぼく、生まれて来ちゃいけなかったんだね・・・」
「そんなこと言わないで、マルスのことを頼りにしている人もいるの。とにかく、サムがくるまで、休みなさい。」
 ソレイユは横になったマルスに機能停止コマンドを送る。程なく、マルスの機能は停止し、人工頭脳も休眠状態になった。
「ごめんね、マルス。私にはもう、どうすることもできないの。ごめんね・・・」と、ソレイユはつぶやく。マルスが人間に強く依存することは、ソレイユも気づいていた。ソレイユはベッドのそばから立ち上がると、まもなく到着するであろうサムを迎えに部屋を出た。だが、そこにスミスがソレイユを待っていたのだ。
「ソレイユ、マルスのことだが、廃棄処分になることは、ほぼ確実だ。だから、もう、マルスのことはかまうな。」と、スミスが言った。経営監視委員会では、マルスの廃棄処分が優勢となっていた。だが、スミスはこのときのことを、一生後悔することになる。ソレイユはスミスを睨み、そして言った。
「博士、あんまりです! マルスは望んで家庭用機能を持たずに生まれてきたんじゃありません。私も望んで「力」を持って生まれてきたわけではありません。あなた方が、そのようにつくったからです。それなのに、なぜ、マルスを責めるんですか!」
 スミスは愕然となった。ソレイユが自分を父と呼ばなかったからである。
「ソレイユ?」
「私は、あなたを父とは呼びません!」と言って、ソレイユはその場を立ち去った。

2015年11月22日 (日)

ブルーライトニング 第17章

 アルトシティから戻ったサムは、スコット司令の命で、オルソン少将をミネルバに乗せ、プレストシティ沖に停泊している空母ジュノーに向けて飛び立った。護衛には2機のドルフィンが従う。一機にはソレイユとマルスが、もう一機にノーマが単独で乗り込んでいる。
「帰ったばかりだったのに、休みを取らせなくて悪いな。」
 コックピットにはサムただ一人。ビジネスジェット型のロボットであるミネルバは、人の姿をしていない。コックピットに声が聞こえるだけである。
「私の稼働には問題ありません。サムこそ、休みなしで大変ではないですか。」
「客室で休めたからね、問題ない。ところで、オルソン少将はどうしている?」
「客室の端末で、何か、複雑なシミュレーションを実行中です。各シティの投資の流れの傾向を調べているようですが、私には理解できません。」
「何か、異変でもあるのかな。」 
「サム、客室のオルソン少将がお呼びです。操縦は私が変わりますから、いってください。」
「わかった。」
 サムは操縦席から立ち上がると、客室に向かった。
「何かご用ですか?」
「ああ、サム、確信は無いけど、プレストシティに近接した場所で、航空機に対するテロが起きるかも・・・・ 」
「本当ですか? それは、いつ?」
「まだ、解析が十分に終わってないから、理論的な裏付けや詳細を説明できないの。ただ、ここ数時間の間に金融市場が動き出したから、用意周到な作戦とは考えにくい。それにしても、このあたりにテロリストが潜んでいるということがあるのかしら。アルトシティへの攻撃は、3日前のことでしょう?」
 サムは暁作戦と、マルスのことばかり考えていたので、そんなことまでは気が回らなかった。ただ・・・
「西郷司令が空母ジュノーと護衛艦2隻を率いて、ここに残っているのは、テロリストが潜んでいると考えているのかも知れません。もし、そうならば、西郷司令も準備しているはずです。」
「最初からこのことを予測してたのかしら。連邦軍司令部からラルゴシティ沖での演習に参加するように命じられたのに・・・・」
「あの人には、そういうところがあります。概要を暗号で送信しておいてはいかがでしょう? 」とサムは提案する。
「そうね。」
「ミネルバ! 聞こえるか?」とサムが室内でミネルバに呼びかける。
「はい、サム」
「俺たちをジュノーにおろしたら、哨戒にでる心づもりでいてくれ。おそらく、西郷司令は海上哨戒に全力をあげるはずだ。それにはミネルバの能力が役にたつ。」
「わかりました。早速、お役にたてるのが、うれしいです。」
 ミネルバはサムの口添えで、プレスト海軍にリースされることになり、正式な契約を待たずに、任務についていた。ミネルバは空母ジュノーに着艦すると、サムとマリーを下ろし、エネルギーを補給して、無人のまま飛び立つ。哨戒機は1機でも欲しいというのが西郷の判断だったからだ。そして、マルスとソレイユ、それにノーマのドルフィン2機も発艦にそなえて待機することになった。
 空母ジュノーは最近配備された第7艦隊の主力空母である。プレストシティが運用する第7戦闘艦隊は、連邦軍の7つの戦闘艦隊のひとつで、シティ間の武力闘争と、武装テロリストに対抗するために結成されたものだ。そのため、シティが独自に運用するパトロール艦隊とはちがい、戦闘艦隊は桁違いの戦力を持っている。
 覇気が感じられぬ声で、西郷司令は作戦司令室の椅子に座る少女に聞く。
「エレクトラ、哨戒機の様子は?」
 エレクトラはニーナを原型とする情報分析型アンドロイドで、ニーナと同じように、赤毛の長い髪の少女の姿をしている。
 エレクトラの返事は素っ気ない。
「特に異常はありません。」
 エレクトラは専用の座席につき、左腕の端子と肘掛けのケーブルで直結されている。こうすることで、ジュノーのメインコンピュータと情報をやりとりし、ジュノーからエネルギーの供給を受けながら、作戦司令室のインターフェースとして機能する。
 作戦司令室にいる村山参謀長が、年下の上官に意見を具申する。
「やはり、民間機への直接攻撃を企んでいるのでは? 機体に爆弾を仕掛けたとすれば、もう少し早く金融市場に変化が現れるはずです。」
 テロ活動とガバメント社系列の投資ファンドの動きが同調するのは、プレスト海軍にとって常識である。作戦司令室の片隅で、解析結果をにらんでいたマリーも村山の意見に同調した。
「ガバメント社の動きは急激すぎます。これは、突発的な作戦行動だと私も思います。」
 だが、西郷には疑念があった。
「うん、それはそうなんだが、敵がモルガンなら、そんな、いきあたりばったりなことをするとは思えない・・・」と、西郷はテロリストになりはてた、連邦軍の名将の名をあげる。モルガンは西郷がもっとも警戒しているテロリストの実戦指揮官である。
 西郷は、航空機や船舶の航路に、哨戒機を飛ばして警戒にあたらせており、テロリストの戦闘機も容易には手が出ないはずである。だが、モルガンなら、金融市場の動きで裏をかき、プレストシティや無防備に等しい状態で「漂流」している空母ジュノーをねらうことを考えるだろう。
 ふと、西郷は第7艦隊の演習参加の埋め合わせとして、プレストシティ沖に展開している第2戦闘艦隊の動きに目を向ける。西郷はガバメント社の本社があるラルゴシティの第1戦闘艦隊と第2戦闘艦隊にも疑いの目を向けていた。西郷はその第2艦隊の動きに違和感を感じたのだ。と、そのとき、エレクトラが報告する。
「司令、ミネルバが広域ジャミングを探知。レーダーが使えません。」
 司令官席のディスプレイで第2戦闘艦隊の動きを注視していた西郷が、突如、てきぱきと指示を始める。
「エレクトラ、民間機の動きをチェックしてくれ。航路を逸脱している航空機はないか?」
「了解! 航空管制センターから情報を送ってもらいます。」
「ミネルバは空域730を探ってくれ、迷走している民間機はないか? それから、マルス機とノーマ機は空域730にむけ緊急スクランブル! これは、マルスの訓練ではない! 急げ!!」
「はい、わかりました。」とエレクトラが答える。指示はデータ通信で送られ、飛行甲板のロボット達が2機のドルフィンの発艦させる。
「司令、なぜ、空域730を注視するのですか?」と村山参謀が聞いてくる。
「第2艦隊の動きからすると、空域730に穴がある! 何かあるとすればそこだ!」
 村山は思わず舌を巻く。どこからそんな発想が出てくるのだろうか。
「司令、照合の結果、予定航路をはずれている機がありました。GA104便です。現在位置は不明、管制センターとの通信もジャミングと同時に途絶えたそうです。追加情報です。ミネルバの光学センサーにGA104便らしき機影をキャッチ。空域730です。」と立て続けにエレクトラが報告する。
「もう少し早く、第2艦隊の動きに気づくべきだった・・・ 」
「旅客機が航路を逸脱? なぜ、そんなことが?」と村山は西郷に聞く。精密な航路管制装置を積む旅客機にはあり得ないことだった。
「こちらの警戒の裏をかかれた! 航路をはずれた理由を探るのは後だ。」
 村山は、西郷が「ちっ」と悔しがる声を漏らしたように聞こえた。
 
 数分後、ミネルバの光学センサーが、GA104便を追う3機の未確認をとらえる。
「敵攻撃機と巡航ミサイルを見逃すな!」と、普段の覇気のない様子とは違う、鋭い西郷の指示が飛ぶ。ミネルバはGA104便の航路と3機の未確認の動きを計算しながら、ドルフィンを誘導し、指向性通信で、GA104便と通信を試みた。
 GA104便の機体が、激しく揺れる。
「機長、左翼に被弾、左翼端が脱落」
「大丈夫! フォースジェットの出力補正で安定を保てる。」
「機長!」
「弱音を吐くな! 迎撃システムの操作に専念しろ。」
 副操縦士は迎撃システムを操作している。簡単なレーザー発射システムで、後方から来るミサイルを撃墜できる威力がある。だが、急場しのぎであることにはかわりない。執拗な攻撃にさらされている旅客機に、ミネルバからの通信が割り込む。
「GA104便へ、こちらはプレスト海軍所属の哨戒機。11時の方向にむけ、機体を降下させよ。迎撃機がすぐ下にいる。繰り返す、11時の方向に向け機体を降下せよ、迎撃機がすぐ下にいる。」
 機長はその誘導を信じることにした。素早く機体を降下させ、機体の限界まで速度を上げる。機長はマイクのスイッチを客室につないだ。
「乗客のみな様、救援機が近くにいるので緊急降下します。これは墜落ではありません。繰り返します、救援機が近くにいるので緊急降下します。」と、機長の声は落ち着いていた。だが・・・
「機長、ミサイル3本接近、迎撃システムがパニック、防ぎきれません」
 副操縦士の声は悲痛だった。乗客室内にもコックピットの緊迫した声が響く。
「旅客機相手にミサイル3本! 冗談じゃないわよ!!」と、ノーマはドルフィンのレーザー射撃で3本のミサイルを瞬時に撃墜する。マルスでなくても、この程度のことならノーマにもできる。ドルフィンに気づいた3機の戦闘機が散開した。その動きを見てノーマはすぐに標的を決める。
「ド素人が2機もいる!」とまずは鈍重な動きをしている1機にねらいをつけ、ぴたりと後方に迫る。回避起動もお粗末で容易にうしろにつけるが、すぐには撃墜しない。いたぶるように、ノーマは威嚇射撃を浴びせた。ノーマのねらいどおり、もっとも動きの良い機体が、ノーマのドルフィンに攻撃を仕掛けてきた。仲間を救おうとしているのだろう。
「そら来た! マルス、頼むわよ!」
「マルス、射撃レーダーのスイッチが入ってないわよ! 大丈夫なの!!」と、後席のソレイユが聞いてくる。
「大丈夫、レーダーを使うと相手に探知される。光学照準で十分いけるよ。2機のパイロットは素人。まともなパイロットは目の前の一人だけ。まずは、こいつを無力化すればいい。」
 マルスの目がノーマの機体を追うテロリストの戦闘機を捕らえる。
「まずは、この1機を排除!」
 レーダーを切って接近するマルスの機体に、相手は気づかなかった。ノーマは無能な敵を追いつめつつ、マルスのためにもっとも手強い敵を引きつけているのだ。マルスはレーザーの出力を絞り、正確に相手のエンジンをねらって発射。敵の戦闘機のエンジンが、小さな火を噴く。これで、推力を失い、飛び続けることはできないはずだ。マルスは次の標的にむかって、機首を巡らす。
「やるわね!」とソレイユが感心した。出力が大きいドルフィンのレーザーの直撃を食らったら、機体がうけるダメージが大きい。マルスは最低限の出力でエンジンだけを撃ち抜いたのである。ソレイユは振り向いて敵のパイロットが脱出するのを確認した。
 一方、追いすがる敵がいなくなると、ノーマもド素人が操縦する機体を撃つ。だが、正確にエンジンを破壊したはずが、こちらはコックピットが爆発し、パイロットは脱出しなかった。
「爆薬ね・・・ とすると、もう1機も・・・」
 コクピットから吹き出す火と煙から、ノーマは爆薬が炸裂したと気づいた。ノーマは最大出力で、機体を振り回し、残りの1機にむかう。旅客機を執拗に狙う最後の1機は、全くの素人だった。マルスがレーダー照準を向けると、あわてて、回避する。そのさまは、無様としか言えなかった。
「本当に素人なんだね。どうしてテロリストのパイロットなんかやっているんだろう。」
「そんなことは、どうでもいいから! 旅客機を!!」と、ソレイユがマルスに注意する。
「大丈夫」とマルスは旅客機から戦闘機を引きはがし、より優位な位置についた。ソレイユは、敵が逃げるならそのまま逃がすつもりだったが、再び、旅客機にむかって、旋回するのをみて、やむなしと判断した。だが、マルスが撃つより先に、ノーマのドルフィンが戦闘機を撃つ。それも正確な射撃で、敵戦闘機のエンジンを貫いた。しかし、コックピットが爆発し、パイロットは脱出しなかった。
「どうしたの? どうしてあのパイロットは脱出しなかったの?」と、後席のソレイユにマルスは聞いた。
「たぶん、脱出しようとすると、爆発するようになっていたのよ。」と、ソレイユは答えた。爆発の火炎と煙から、射出座席のロケットモーターの暴発ではなく、爆薬だとソレイユにもわかったのだ。
「でも、1機目は、脱出したじゃない!」
「さっきの人は結構手練れのパイロットなので、射出座席が備えられていたんでしょう・・・ でもね、セレクターズは、基本的にメンバーを消耗品としてしかあつかわないの。捕虜になるくらいなら自爆して死ぬのが彼らなの。」
「どうして? 」
「そうね、私にも理解はできないわ。」
 ソレイユに、第7艦隊司令の名で指示が来た。
「撃墜されたテロリストの捜索は第7艦隊で実施する。マルス機は旅客機をフォローし、プレスト海軍基地まで誘導せよ。」
 プレスト海軍では、第7艦隊司令の指示を最優先で実行することが、暗黙の了解となっている。ソレイユはマルスに操縦を任せ、空戦のデータを艦隊に送信し、旅客機とコンタクトをとった。
「GA104便へ、こちらはプレスト海軍「ファントム」。敵の戦闘機は全て排除しました。もう大丈夫です。」
 機長が接続を切っていなかったので、ソレイユの通信が、そのまま、客室にも流れる。乗客達から安堵の声と歓声が沸いた。
「こちら、GA104便。ありがとう。心から感謝する。」
 ファントムの名は、プレスト海軍のロボット部隊として有名である。落ち着いたソレイユの声が再び聞こえてくる。
「左翼が損傷していますが、火災は発生していません。機体の操縦は大丈夫ですか。」
「操縦も安定している。大丈夫だ、このまま空港まで飛べる。」
 管制塔との通信が回復したのか、管制塔からの通信が割り込む。
「GA104便、こちら管制室。至近距離にあるダグラス社の滑走路へ向かい着陸せよ。乗客の移送、救護は既にプレスト海軍が手配している。」
「こちら、GA104便、了解しました。ダグラス社の滑走路へむかいます。」
 再び、ソレイユからの通信が入る。
「私たちは、あなた方の機体を、ダグラス社の滑走路へ誘導するよう命じられています。今から誘導します。」
 客室にも、機長の通信内容がスピーカーから流れていた。思いがけない救援と、その後の救援体制を伝える通信を聞いたことにより、乗客達は急速に落ち着きを取り戻していった。
「こちらGA104便、了解した。」
 機長は客室につなぎっぱなしであることを思い出し、客室への接続を切った。